あのころは、2週間で1本の映画を撮り終わるために、徹夜で製作の現場にいることもありました。先輩の俳優やスタッフから厳しい仕打ちを受けたこともありますよ。

 当時は、何もできない自分が悔しくて、情けなかった。厳しい世界だからこそ「やってやろう。このままでは終われない」と闘志を燃やし続けていました。それに一度俳優の仕事をすると、世間に存在を知られてしまい、デビューする前の生活ができなくなっていることもありました。後へは引けないのです。

 日活には6年いました。その間に、「昨日やった仕事は、今日はない。一切の過去を振り返らず、前しか見ない」という生き方が定まりました。

 日活を辞めたのは23歳。次から次へと撮影が続き、疲弊しきっていたこともありました。24歳で東映に移籍しましたが、少し時間ができたので、自分の俳優としての持ち味を自問自答しました。そんなときに「女囚さそり」のお話をいただいたのです。

――原作は、刑務所の女囚たちがタメ口でケンカし、リンチなどのシーンも多い。ヒロイン・ナミは暴力を潜り抜け、恨んだ人々に復讐していく。原作も映画も発表から半世紀近くが経過するが、カルト的な人気を誇る。ナミの設定は、それを演じる梶からプロデューサーと監督に提案したのだという。

 出演を最初はお断りしたのですが、プロデューサーの吉峰甲子夫さんは「家に帰って読んでみて」とおっしゃる。あらすじと原作を読んでみて、ナミの凄みが面白いと感じたのです。浮かんだのは、「一言もしゃべらないナミ」というイメージでした。どんなにひどいことをされても、相手にせず、無視を貫く。

 そこで私は、吉峰さんと伊藤俊也監督に「このヒロインに、セリフは必要ありません。一言もしゃべらないなら、この役をお受けします。でも、セリフがあるならやりません。二つに一つです」と申し上げたのです。

――2週間後「セリフなしで撮る」という決断が下された。ヒロインが一言もしゃべらないという設定は東映にとっても冒険だった。しかも伊藤監督にとってはデビュー作。映画が不発に終わっては、監督も主演の梶も未来はない。

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