レース後の取材。自分が口にした言葉で自分を縛ることがあるので、自分の中で温めておきたい未完成な感覚は記者会見では話さないようにしている(撮影/今祥雄)

 4月、早稲田大学人間科学部人間情報科学科eスクールに入学するが、間もなく一人4役の毎日が始まった。8月に出産し、経理を在宅で数時間こなし、さらに家事も。幸い通信課程なので、子どもを寝かしつけてから講義を視聴できたが、1週間に10教科のレポートを書いたり、ゼミの研究発表の準備をしたりした。

ラグビーで五輪を目指す プロテイン飲みながら卒論

 大学は3年課程。北海道ハイテクノロジー専門学校において2年間情報科で学んだのでその単位が認められたからなのだが、その最終年にさしかかった16年、大学院への進学も考えていた寺田に複数の知り合いからある提案が舞い込む。

「ラグビーで東京オリンピックを目指さない?」

 実は同じ話は引退する13年にもあった。ラグビーには15人制と7人制があるが、誘われたのは後者。使用するグラウンドの広さは同じなので、7人制では“鬼ごっこ状態”。速く走ってトライできる選手が重宝され、当時は東京オリンピックを見すえて、陸上選手を積極的にスカウトする動きがあったのだ。ただ、引退当時は、「人に見られたり評価されたりするのは絶対嫌」と泣いて断ったのだが、今回は違う考えが浮かんできた。

「オリンピックを目指すチャンスを手にできるのは限られた人間なんですね。引退してからそのことに気がつきました。ましてラグビー未経験の自分にオリンピックを目指そうと言ってくれる人がいる。私はすごく恵まれていると思ったんです」

 競技から離れてオリンピアンの価値にも気づかされた。陸上教室や講演会に呼ばれるのはオリンピアンが多い。自分の経験などを伝える時にもオリンピアンであった方がよいと思ったのだ。

 ただラグビーに挑戦するとなると、練習や合宿、試合で家をあけることが多くなる。夫に相談すると、「応援するよ」と快諾してくれた。

 16年8月、「東京フェニックス」に入団した。

「ボールより速く走る選手を初めて見た」

 チームメートの村上愛梨(34)は、練習する寺田の姿をみて衝撃を受けた。もちろん課題はあった。その一つは体重が軽いこと。90キロ前後の選手にタックルされると、当時47キロの寺田の体は2メートルほど飛ばされた。「交通事故のレベル」と振り返るが、ケガ予防のためにも体を大きくする必要があった。村上に「ご飯を噛(か)まないで食べると太る」と教えられ、お代わりしては飲み込んだ。努力の結果か約3カ月で61キロまで増えた。

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