女子100メートルハードルで日本選手権3連覇、元日本記録保持者でもあり、東京五輪出場も果たした寺田明日香。小学生のころから陸上選手として成績を残したが、心身のバランスを崩し、摂食障害、無月経、骨粗しょう症に。勝つためだけだったスポーツが、今は人生を豊かにするものへと変わった。寺田の真の強さはここにある。
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横浜市にある慶應義塾大学日吉キャンパス。その一角にあるゆるやかな上り坂で、體育會(たいいくかい)競走部員たちが練習していた。その中を風のように走り抜けていく女性スプリンターがいた。道行く人は「速っ!」と驚いて振り向く。
100メートルハードルの選手、寺田明日香(てらだあすか・34)である。所属はジャパンクリエイトグループだが、コーチングする高野大樹(35)が同部ヘッドコーチを務める関係で、ここを練習拠点にしているのだ。
寺田のキャリアはかなり珍しい。19歳で世界ジュニアランキング世界一の13秒05を記録し、“陸上日本一”を決める日本陸上競技選手権大会(以下、日本選手権)で3連覇するなど活躍したが、摂食障害やケガにより23歳で引退。結婚・出産、大学進学をへて7人制ラグビーに挑戦するも、28歳で陸上に復帰。翌年、日本人女性で初めて12秒台を記録、東京オリンピックに出場した。
ラグビーに挑戦した理由や5年のブランクがありながら日本新記録をだせた秘密を聞いていくと、回り道も悪くはないことがみえてきた。
1990年、寺田は札幌市に生まれた。幼い頃は気管支が弱く、体力をつけるために体操や水泳など複数のスポーツをした。小学4年生から陸上を始めると、陸上選手だった両親のDNAを引き継いだのか、小学5、6年と100メートル全国2位に、インターハイではハードルで3連覇を達成した。興味深いのは、そんな絶好調の時でさえ、陸上をやめてからの人生を考えていたことだ。
「両親が離婚して、専業主婦だった母が働きに出た時、資格などを持ってなくて大変そうな姿をみていたからでしょうね。陸上をやめて次の人生を切り開く手札がないというのが怖かったんです。大学の教育学部に進学したいと考えたり、とにかく自立した女性に憧れがありました」