織田信長と明智光秀のタイムライン「延暦寺焼き討ち」の一部(『戦国時代のタイムライン』より)
織田信長と明智光秀のタイムライン「延暦寺焼き討ち」の一部(『戦国時代のタイムライン』より)

光秀:ハア、しかしですね…。殿が僧侶などの首を、ことごとくはねたことも事実ですしね…。兎にも角にも比叡山の寺領社領は没収され信長様の部下に分配されたわけです。私・明智光秀は同地域を中心に支配することになり、近江・滋賀郡に坂本城なんかも築城しています。

武田信玄:騒動から逃れた延暦寺側の勢力は、ワシ・武田信玄に庇護を求めてきたのだな。ワシは信心深いタイプなので、彼らを保護しつつ延暦寺の復興まで計画したものの、その後、うっかり病死。復興は実現しなかったのだがな。まあ信長の恐ろしい一面が垣間見える出来事と言えるな。

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