ネット上に取り調べ動画を載せると拡散してしまい、完全に削除するのは難しい。それでも黙秘権を議論する材料として公開に踏み切ったと江口氏は話す(撮影/写真映像部・上田泰世)
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 取り調べで弁護士が黙秘権を行使すると、検察官から人格を否定する言葉を投げつけられた密室で行われる捜査機関の取り調べを適正に進めるには、どうすればいいのか。AERA 2024年2月26日号より。

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「うすうす予想はしていたが、ここまでやるのかとびっくりした。検察官が私の内面を日々侵し続ける気持ち悪さ、怖さ、不気味さがありました」

 元弁護士の江口大和(やまと)氏(37)は、記者の目をまっすぐ見据えてこう話す。勾留期間中の取り調べで検察官から罵詈雑言(ばりぞうごん)を浴びせられた。犯人隠避教唆の容疑をかけられた刑事事件では昨年9月に最高裁で有罪が確定したが、違法な取り調べで甚大な精神的苦痛を受けたとして2022年に国家賠償請求訴訟を提起し、裁判が継続中だ。

 発端は16年。刑事弁護を中心に活動していた弁護士3年目の江口氏の所属する事務所にかかってきた一本の電話だった。

「自分の後輩が経営する会社で交通事故が起き、後輩が遺族から追いつめられて困っている。相談に乗ってほしい」

 相談内容は、従業員が無免許で会社の車を運転して同乗者を死なせる事故を起こしたことへの対応。車を貸した会社社長と事故の際に同乗していた別の従業員に面会し、従業員から聞き取った内容をそのまま供述録取書にまとめて社長に渡した。

黙秘が最善の方法だと

 ところが、これが後々問題になる。社長の刑事責任を免れさせるために江口氏が社長と共謀して、従業員が車両を勝手に持ち出したとする虚偽の事実を警察官に申告させたとして、犯人隠避教唆の共同正犯に問われたのだ。江口氏は「自分が社長と従業員から聞いた話が虚偽だとは知らなかった」「虚偽供述を警察官に申告するよう依頼していない」と無罪を主張したが認められなかった。初めは参考人の立場で任意捜査に協力していたが、18年10月15日に横浜地検特別刑事部に逮捕される。江口氏は初日の取り調べで容疑は事実無根であると伝え、翌日から黙秘に入ることを宣言した。

「容疑をかけられていた事件は16年の出来事。当時の記憶があいまいな中で供述をすれば間違ったことを言いかねず、公判で不利な証拠になってしまう。検察の独自捜査事件は起訴される公算が大きく、黙秘が最善の方法だと考えました」(江口氏)

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