一人で悩まず相談して
野村さんは「一人で悩まないで」と強調する。
「おおまかな治療スケジュール、日常生活や就労の制限、どれくらい休職が必要なのか。必要であれば主治医から情報をもらい、一つ一つ確認をしていきます。就業規則と照らし合わせ、必要に応じて在宅勤務への変更、フレックスや時短勤務などが可能かどうか。話し合っているうち、もやもやしていた部分が整理され、前を向いていこうとなる患者さんも少なくありません」(野村さん)
乳がん看護認定看護師は、乳がん治療の領域で熟練した看護技術と知識を有した看護師を指す。乳がんは発症のピークが40代後半から50代前半。齋田さんは立場柄、働き盛り世代の患者と接することが多い。
「告知され頭が真っ白になっている状況で、治療スケジュールなど受け入れられない。がん患者さんが受容プロセスのどの段階にいるかを見極めながら、副作用や仕事への影響をお話ししていきます。共に問題点を見つけ出し、解決策を探っていく」(齋田さん)
副作用も、仕事との両立で弊害になる。野村さんが言う。
「実は私もがん経験者。抗がん剤治療の副作用(嘔気)を我慢しながら仕事をしていました。なるべく薬(制吐剤)に頼りたくないという気持ちがあったのです。しかしある時、我慢できずに飲んだら、副作用のつらさが和らぎました。抗がん剤治療で副作用がある方は、ぜひ主治医や看護師、薬剤師に伝えてほしい。私たちがん相談支援センターで話してくれるのでも構いません。副作用を軽減する方法はいくつかあります」
従業員50人以上の事業場では産業医を選任することが労働安全衛生法で義務付けられている。産業医の池井佑丞さんによれば、産業医は「病気を発症した従業員と会社それぞれの話を聞き、双方にとって適切な働き方やサポート体制等について意見する」立場。患者の治療を主とする主治医とは異なる。
「がんを発症した従業員の方から働き方の相談があった場合、会社の人事部や上司を交え、必要に応じて主治医からの意見書も取り入れ、産業医が両立支援のための意見を述べます」
かつてはがん患者の従業員は少なかったが、定年年齢の引き上げなどの影響もあり、働く世代のがん患者が増え、さらに効果の高い薬の登場などで治療しながら就労を継続できることが珍しくなくなった。それゆえに近年、がんと就労の両立支援が重視されるようになったわけだが、「大企業でも両立支援に対応できる体制が整備されていないところが少なくないです。産業医として、制度設計について具体的なアドバイスをすることもしばしばあります」(池井さん)。
(ライター・羽根田真智)
※AERA 2024年2月19日号より抜粋