暴落をまたぐと枯渇

 引き出し始めた前半~半ばの頃、リーマン・ショックに見舞われた場合は資産が20年持たず、ゼロになっていたわけだ。なお、預金から同様に引き出した場合は17年でゼロになる。こう書くと、「相場がいい年も悪い年も同じ金額を引き出すのはよくない。『残高の3~4%』など『率』で引き出す検証じゃないと」という反論も来そうだ。率で引き出す場合、運用資産数千万円では大幅下落の年が「続くと」キツい。労働を増やすか、さらなる節約が必要になる。

「リーマン・ショックの際、S&P500は1年4カ月下がり続け、元の水準に戻るまで5年5カ月。全世界株式は6年8カ月かかりました。暴落時に備えるなら、リスク資産以外に5年分の生活費を預金などで持っておきましょう」(横田さん)

 実際に早期退職したばかりの人にも話を聞きたい。23年7月、東証プライム上場のIT関連企業を40代で早期退職、「FIRE宣言」をした九条さんに取材した。明言を避けたが、億単位の資産で会社を辞めた様子。現在はフリーとして仕事を受ける日もあれば、ギャラ無しでイベントの手伝いをする日もある。

年間生活費の20倍

 九条さんは30代前半で資産2千万円に到達した。「その頃は仕事が楽しく、忙しく、早期退職なんて1ミリも考えなかった」と当時を振り返る。

「40代の早期退職に必要なお金は『自分の年間生活費の20倍』と考えていました。年300万円で暮らせるなら6千万円。500万円で暮らせるなら1億円、という感じです」

 本稿前半で横田さんが例に挙げた、年170万円で暮らす人なら3400万円ということに。

「ここ5~6年は、何に投資しても上がる相場だったので、下げ続けるときの怖さを本当の意味でわかっていない人がいるかもしれません。ちなみに20年のコロナショックなんて、暴落のうちに入りません(笑)」

 FIREに憧れる人がいる風潮を、FIREした本人(九条さん)はどう感じるか。

「うーん。FIREなんてね、負け組なんですよ」

 無理にへりくだっているわけでなく、自然な様子でそう言う。

「社会や組織に属すれば、給料や今年の売り上げ、利益……何かしら競争があります。早期退職は、そういう勝ち負けの土俵から降りることなんです。もう、何も気にしなくていい。数字もノルマもない。自由。そこが根幹だと思います。働いている人より偉くもないし、必ずしも憧れるようなものでもない」

 FIREを冷ややかに見る人がいるのは、ある意味負け組なのに、必要以上に「すごいこと」として語る人がいるからかも。

 資産数千万円で早期退職して楽しく暮らしつつ、自由に働く(働かない時があってもいい)ことはサイドFIREと呼ぶらしい。言葉は格好いいが、一般的な言葉で置き換えると「セミリタイア」「脱サラして週2~3回は働いている人、または無職(所得がない)」となる。

「ただ、資産数千万円で会社を辞めることを否定はしません。辞めてみてもいいと思いますよ。僕自身、束縛から抜けたときの自由な気持ちは最高でした」

(1級FP技能士・古田拓也、編集部・中島晶子)

AERA 2024年2月19日号

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中島晶子

中島晶子

ニュース週刊誌「AERA」編集者。アエラ増刊「AERA Money」も担当。投資信託、株、外貨、住宅ローン、保険、税金などマネー関連記事を20年以上編集。NISA、iDeCoは制度開始当初から取材。月刊マネー誌編集部を経て現職

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古田拓也

古田拓也

"中央大学法学部卒業後、FintechベンチャーのFinatextに入社し、グループ証券会社「スマートプラス」の設立、auWallet(現auPAY)決済履歴機能の刷新等に携わる。現在はカンバンクラウド株式会社の代表取締役として、広告業界のDX実現を図るほか、クライアント企業の経営戦略や財務コンサルティングを手掛ける。1級FP技能士として雑誌やウェブ媒体へも寄稿。 "

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