幼い頃、お風呂あがりを追いかけられて白い粉をパタパタされた方もいらっしゃることでしょう。肌がほんのりいい匂いになって、気持ちよかったですね。「天花粉」または「天瓜粉」(てんかふん)は、キカラスウリの根からとれる粉のこと。古くから おしろいがわりに用いられてきました。現在の「ベビーパウダー」もまた、サラサラと夏の粉雪のように降りかかる優しい白さ・・・そんなパウダースキンを、特別に愛した画家もいたようです。
この記事の写真をすべて見る昔の「あせも」は、家にあるいろんな粉で治療していました
「なく声の大いなるかな汗疹(あせも)の児」高浜虚子
汗疹(あせも)も天花粉(てんかふん)も、夏の季語。ちなみに、現在よく知られている『シッカロール』という呼び名は登録商標です。
エアコンのない時代、夏の赤ちゃんにはあせもが大敵でした。明治時代頃までは、天瓜粉(天花粉)の他にも米粉・牡蠣粉・葛粉・小麦粉・蕎麦粉・ひき茶などを自家調整して、あせもの治療をしていたようです。けれども江戸期の代表的な子育て書『小児必用養育草』には、粉によっては虫がわいたり、かえって肌がかぶれてしまうことがある、とも記されています。
女性の心得本『女用訓蒙図彙』には、あせもの薬として「はまぐり貝を焼いた粉と、うどんの粉を混ぜて布で包み、ふるいにかける」という方法が記されています。この「無機物とでんぷん」の組み合わせは、後のシッカロールにも通じる必然性をもったレシピなのだそうです。このような粉を、あごの下・股の付け根・脇の下などのただれた部分に入浴後すり塗ることは、庶民の生活の知恵として広く行われてきました。
1906年(明治39年)、和光堂薬局を開設した弘田長博士と東京帝国大学薬学科の丹波敬三教授により『シッカロール』が誕生。やがて、あせもの治療にかぎらず「夏のお風呂上がりにパタパタ」する習慣が定着します。当時の成分は、亜鉛華40%・タルク40%・でんぷん20%の割合でした。タルクは、滑石(かっせき)という鉱石の英語名。ベビーパウダーは『タルカムパウダー』とも呼ばれます。
乳白色の肌の秘密はベビーパウダー?! そのメイク法とは
藤田 嗣治(ふじた つぐはる)、洗礼名はレオナール・フジタ。『エコールド・パリ』の代表的な画家のひとりです。とりわけその裸婦の肌は、いちど見たら忘れられない「素晴らしき乳白色」。フジタは、「肌そのものの質」を描いた画家としてフランスで大絶賛されます。
乳白色の絵画下地に面相筆で細い墨の輪郭線を描くという、独自のスタイル。浮世絵の手法をもとにしたともいわれ、実際に和筆を使用していたようです。日本画のように地の質感をそのまま生かした肌は、油絵特有の表面的なテカリがなく、内側から光り輝いています。フジタは生前、乳白色の肌の秘密を明かすことはありませんでした。それは長年の謎でしたが、近年の科学調査により、なんと下地にベビーパウダー(タルク)が使用されていた可能性が高まったのです。
親交のあった写真家・土門拳の撮影したアトリエのスナップには、場違いとも思われる『シッカロール』の丸い缶が、たしかに写りこんでいます(晩年のアトリエからは大量のタルクが発見されたのですが、当初フジタが肌のお手入れに使っているものと思われていたそうです。使っていたのかもしれませんけれど)。
炭酸カルシウムと白い油絵の具を混ぜた象牙色のファンデーションに、タルクのフェイスパウダーを重ね塗り。テカらず滑らかでサラサラの肌になり、墨が滲むことなく繊細な線が自在に描けるのです。まるでメイクアップの手順のようではありませんか。しかもキャンバスにはシーツに使用される布を選んでいたというフジタ。乳白色の「さわりごこちの良さそうな」女性が、シーツに横たわっているのです。
フジタは、ネコの絵もたくさん描きました。撫でたくなる肌の質感が女性に通じるのかもしれません。
フジタ作品は、日本では国立西洋美術館やポーラ美術館などでも常設されています。ぜひ実物の「素晴らしき乳白色」をご覧になってみてくださいね。
また今年2015年の秋には、オダギリジョーさん主演の映画『FOUJITA』が公開される予定です。
粉雪をほのぼの撫でて、ベビースキンに戻る晩夏・・・
数年前「粉末タルクからアスベスト検出」という報道がありましたが、国内産ベビーパウダーは非検出が義務づけられていて安全だそうです。とはいえ、赤ちゃんにつけるときは、粉を吸い込んでむせないようパフ等でそっと撫でるか押さえるようにしてあげましょう。ベビーパウダーは毛細管現象で水分を吸い上げているので、その道を塞がないように薄塗りする方が、ダマにならずサラサラ効果を発揮します。タルクではなくコーンスターチを原料にしたナチュラル志向の製品も市販されています。
あの記憶に残る夏の匂いは、ヘリオトロープ(和名ニオイムラサキ)系の香り。香水にも使われる南米原産の植物です。現在は、無香料タイプやデオドラント機能をもったベビーパウダーも人気とのこと。
じつは愛用者の3割は大人といわれるほど、ベビーパウダーは介護やスポーツなどさまざまなシーンで広く使用されています。つけると清涼感があるもの、携帯にも便利なコンパクト型の固形タイプ、シェーカーから直接手に振り出して使える製品など、「ベビーパウダースキン」の気持ちよさを手軽に試してみることができますね。
低刺激の粉は、大人の女性が素肌をいたわる場面にも。メイクできないお泊まりの夜に薄〜くはたくと、ベールを纏ったようにほんのりと白くすべすべの質感に。休日には、日焼け止めクリームにベビーパウダーだけでリラックス。またふだんのメイクにも、クリームファンデーションなどの上から薄くはたいておくと下地がくずれにくく、ポイントメイクも長持ちします。フジタの肌づくりのようですね!
ベビーパウダーは専用の化粧品に比べて安価なので、惜しげなく全身に使えるのも嬉しいところ。
夏の疲れが溜まる頃、お風呂あがりの素肌に白い粉雪・・・懐かしい匂いに包まれて、ほのぼの癒されてみましょうか。