「確かに線引きはしづらいですが、一つ言えるのは、しっかりトレーニングしているかどうか。お客さんに見せられるものを作っているかどうかというのは、体を見ればある程度分かるところがありますから」
また、業界全体の課題として安全面の問題がある。過去にはいくつかのリング禍が起きているが、選手の健康・安全対策は団体ごとの対応にとどまっている。事故発生時の対処法や選手の健康管理のノウハウについて、業界レベルで共有できれば、少しずつでも状況を改善できるのではないか。
「新日本プロレスでは定期的な健康診断などの対策を行っていて、現状ではこれが理想の形だと思っています。各団体にはそれぞれの事情もあるので、新日本のやり方を他団体に押しつけるわけにはいきませんが、情報共有や話し合いはしていきたいですね」(棚橋)
もう一つ、これまでになかった動きとして、新日本プロレスは1月5日に「アジア太平洋プロレス連盟(APFW)」の設立も発表した。これは中国、台湾、タイ、シンガポール各国・地域のプロレス団体と新日本プロレス、スターダムが連携し、日本からの選手の派遣、試合の提供、選手の育成などで協力していくというもの。4月に開催予定の新日本・台湾大会が、その第一歩となる。
「英語圏のプロレスはアメリカのWWEが寡占状態なんですが、アジア各国にはまだ知られていないプロレス団体がいろいろあるんですよね。そういったところを中心に、アジア圏でもプロレスという競技をもっと見てもらえるようになればと思っています」(同)
プロレス文化を主導
日本国内、そしてアジア圏と、プロレス文化をより確かなものにするために主導的な役割を果たしていこうとしている新日本プロレス。そこには、1980年代に「今はプロレス・ブームではない。“新日本プロレス・ブーム”だ」と声高にアピールしていたような姿はない。
もちろん各団体がそれぞれの個性を出し合って健全な競争を展開することは必要だが、人々の娯楽に対する価値観も多様化と細分化が進む中で、業界単位で取り組むべき課題も多い。前述の健康・安全問題などはその筆頭だろう。そうした課題には会社の枠を超えて手を携えた上で、リング上では白熱の対抗戦を繰り広げたり、思いもよらなかった交流が実現したりすれば、さらに盛り上がっていくはずだ。
「世の中もコロナ禍からやっと抜け出してこられたというところで、今はプロレス界全体が力を合わせるべき時」と、棚橋も言う。
こうした取り組みにより、プロレスはまた新たな時代をむかえようとしている。
(ライター・高崎計三)
※AERA 2024年2月5日号 より抜粋