私たちは今、どのような社会に暮らしていて、どのような時代を生きているのでしょうか。その渦中にいるとなかなか分からないものの、少し離れた場所から見直してみたり、自分の中にある固定観念から離れてみたりすると、見えてくることがあるかもしれません。そんな気付きを与えてくれるのが、今回紹介する書籍『日本の死角』です。
同書は、日本最大級のビジネスメディア「現代ビジネス」に掲載された記事をまとめた一冊。日本人論や若者の生態、教育、地方、暮らし、差別......第一線のジャーナリストや学者が記したバラエティ豊かな論考16本が収録されています。
同書の「はじめに」で書かれているのは、「『なぜ』や『そもそも』からこの国や時代を見ていくことで、事態をより深く理解することができるだろう」(同書より)との言葉。例えば最初に登場する論考「『日本人は集団主義』という幻想」(高野陽太郎/認知心理学者)では、「日本人は個性がない」という世界的な"常識"に対して、「そもそも日本は『集団主義』なのか?」との疑問を投げかけます。実は近年の科学的な比較研究を見てみると、「世界でいちばん個人主義的」と定評のあるアメリカ人と比べても、日本人は特に集団主義的というわけではないという結果が出ているそうです。
では、なぜこれほどまで間違った常識ができあがってしまったのでしょうか。高野氏はこれについてまず、パーシヴァル・ローウェルというアメリカ人が明治時代に日本にやってきて記した『極東の塊』という本の影響を挙げています。
「アメリカを『西の端』、日本を『東の端』に置くと、アメリカ人と日本人は対極的な存在ということになる」
「『日本人に個性がない』というローウェルの主張は、こうした『先入観』にもとづく演繹的な推論の産物だったのではないか」(同書より)
さらには、戦後に人類学者ルース・ベネディクトが日本についての研究成果をまとめた『菊と刀』により、「日本人は集団主義」という常識が決定打になったのではないかと指摘します。戦時中、外敵の脅威に対して日本人が見せた反応を「日本の集団主義的な精神文化」という内的な特性だと誤解したことから、この常識を証明する「動かぬ証拠」として捉えられてしまったというのです。高野氏は「この『常識』は、欧米優越思想が蔓延していた19世紀の遺物にすぎない」(同書より)ときっぱりと記しています。
このように、これまで私たちが持っていた常識や先入観に待ったをかけ、私たちが見てこなかったような死角的な部分に光を当て、掘り下げて再考することが、同書の良さだと言えます。
ほかの論考も、「日本の学校から『いじめ』が絶対なくならないシンプルな理由」「家族はコスパが悪すぎる? 結婚しない若者たち、結婚教の信者たち」「自然災害大国の避難が『体育館生活』であることへの大きな違和感」「日本人が『移動』しなくなっているのはナゼ? 地方で不気味な『格差』が拡大中」など興味を抱かせるテーマばかり。今の日本を多角的に見たいという人におすすめしたい一冊です。
[文・鷺ノ宮やよい]