三陸鉄道/三陸鉄道の宮古駅で一日駅長に就任した藤井。「三陸鉄道は三陸地域の復興の象徴と思っています」と挨拶した=2023年5月29日

 大の鉄道好きでも知られる藤井聡太八冠。ここぞという大勝負の前には、鉄道で移動している。藤井八冠は車窓の風景を見て、何を思うのか。AERA 2024年2月5日号より。

【写真】車両の運転席に座り、線路を往復100メートルほど走らせた藤井聡太八冠

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 藤井聡太八冠(21)の師匠、杉本昌隆八段(55)によると、藤井は列車内では必ず車窓からの風景を眺めるという。そのため、座席の位置にもこだわっていると。タイトル戦の移動で電車に乗る時は、行きが「A席」なら帰りは「D席」と座席を変え、両方の車窓を眺めるようにしているとか。

 藤井にとって、列車の中で過ごす時間は、将棋に反映されるのかもしれない。ここぞという大勝負の前に、鉄道で移動する様子がうかがえる。

 最近だけでも、昨年3月上旬、新潟市で開催された棋王戦第3局。藤井は名古屋から長野を経由し、上越妙高駅(新潟県上越市)から特急「しらゆき」に乗り、旅情を満喫しながら新潟に到着した。

 続く3月中旬、棋王戦第4局の会場となった栃木県日光市には、東武鉄道の特急「スペーシア」で向かい、春の景色を楽しんだ。

車両の運転席に座り、線路を往復100メートルほど走らせた。「すごく緊張したけど、素晴らしい体験ができました」と喜んだ

「うずしお」でいざ決戦

 移ろう車窓の風景を見て、藤井は何を思うのか。

 昨年8月。王位戦第5局が徳島市であった。藤井はこの対局に勝てば王位を4連覇し、前人未到の八冠まで最後のタイトル・王座への挑戦を残すのみとなる大事な一番だった。

 藤井にとって徳島は3度目で、過去2回の訪問の際は車で淡路島を経由しての移動だった。だが、この時は遠回りをしてまで鉄道を使った。名古屋から新幹線で岡山まで行き、瀬戸大橋線の快速「マリンライナー」で高松に到着。高松-徳島間を結ぶ高徳線(こうとくせん)の特急「うずしお」に乗り継ぎ、決戦の地に入ったのだ。

 対局前日の会見で、藤井はこう語った。

「初めて乗る路線で、瀬戸内海の景色であったり、また、JR四国の2700系という……、『うずしお』ですね。初めて乗る車両で、いろいろ楽しんで来ることができたかなあと思っています」

 瀬戸内の美しい風景が藤井の心を落ち着かせたのか。藤井は勝ち、王位を防衛。こうして、七つのタイトルを保持したまま、10月に王座戦を制し史上初の「八冠」の偉業を達成した。(文中一部敬称略)(編集部・野村昌二)

AERA 2024年2月5日号より抜粋

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野村昌二

野村昌二

ニュース週刊誌『AERA』記者。格差、貧困、マイノリティの問題を中心に、ときどきサブカルなども書いています。著書に『ぼくたちクルド人』。大切にしたのは、人が幸せに生きる権利。

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