旅と人生で学んだことを発信する
プロジェクトには当初、大手ゼネコンのOBにチームに入ってもらった。現役の社員も交えて定期的に打合せを行ったが、なかなか進まない。建物の面積は1600㎡以上、費用の試算は膨らむ一方。10億、いや20億はかかるかもしれない。
「親のお金をあてにしていると思われていそうだったので、みんなにはっきり伝えたんです。『親父(宏氏)はお金を出しませんよ。もらったら意味ないし』と。それでも誰も降りなかったので、面白いプロジェクトだと思ってくれたのかもしれません。ただ、コンセプトをつめるほど大企業の人が考える論理ではつくれない気がしてきました。ほしいのは調整や慣れ合いじゃなくてアイデア。資金を集める計画も自分の意思からずれていきました」
動き出してから1年半経ったところで、「このままじゃダメだ」といったんすべてをストップし、チームを解散した。同時に、住宅をつくれる3Dプリンターの存在を知り、今、計画は新たな出発体勢に入っている。3Dプリンターのさらなる進化を待つ必要はあるが、費用が大幅に下がり、現実的に建てられる可能性が高まってきたのだ。
関口さんはなぜ、そこまでして2歳のときに夢で見た家を建てたいのだろうか。
「人間にもし原点や原型というものがあるのだとしたら、あの夢は僕の一種の原型だと思うんです。それをかたちにすることで、何が起きるのかという実験をしてみたい。それから、これは世界の人々と触れ合ってきて思うことでもあるんですが、人は現実的なことのほかに、何かもう一つ目標を設定しないと幸せに生きられない気がするんです。僕の場合は理想の家を描けたらいいなと思う。建築って表現のあらゆる要素が詰まっているでしょう? これまでの旅や人生で学んできたことを、この計画を通して発信していきたいんです。その中で、誰かにおもねたり肩書に依存したりといった、日本にはびこる古い考えからも脱却したい。まあ、突拍子もないことだし実現するわけがないという思いもあるけど、僕がやろうとしているのは価値観の変換。実際に建とうが建つまいが、ある意味これが世代交代や時代の切り替えの象徴になると思っています」
抜群の立地だけにリゾートホテルにすれば儲かるのでは……といった俗な考えは、関口さんの頭にはちっともないようだ。思えば古代ギリシャのトロイア遺跡を発掘したシュリーマンも、フランスに唯一の素朴派建築といわれる宮殿を自力でつくったフェルディナン・シュヴァルも、40を過ぎたいわゆる中年からスタートして夢を実現させた。「五十にして天命を知る」、まさにその歳から壮大な夢を追いかけ始めた関口さんの建築計画は、果たしてどんなかたちになっていくだろうか――。
次回に続く
文/森 麻衣佳