13年の時を経て動く
関口さんは、熱海という地に特別な思い入れがある。
「熱海にはおじいさんが通い詰めていたし、両親も気に入っていて、関口家にとっては東京からの逃避行先という感じでした。僕も子どもの頃から大好きで、旅行といえば海外じゃなくていつも熱海に行きたいと親にせがんでいたんです。安上がりなお坊ちゃんだったんですよ(笑)。熱海の風景になぜか、国際的な雰囲気や郷愁まで感じていました」
明るい海岸線と太陽、高い空、山の斜面に沿って建つ建物。訪れるたびに心がときめいた。旅番組でさまざまな地を訪れたが、関口さんの旅の原風景は熱海といえるのかもしれない。
土地を購入してから13年後の2022年に、建築計画は突然動き始めた。放置していた丘の上に草や樹木がひどく茂ってきたので対処してほしいと、地域の組合から連絡が来たことがきっかけになった。コロナ禍で旅の仕事はなく、時間だけはたくさんある。偶然にもこのタイミングで複数の知人から「熱海の計画、やってみたら」と言われたことも大きかった。本当に進めていいのだろうかと思いつつ、土地を更地にし、模型づくりに取りかかった。模型は初めての挑戦だったが、生来の凝り性だ。持ち前の芸術的センスも生かし、熱中した。
「昔から絵を描くことは好きでしたが、この家はどうしても絵にできないんです。断片的に見ていたものが本当に一つの建物だったのかを含めて、夢の記憶を手探りでかたちにしていくしかないと、模型をつくりながら確かめていく感覚でした」
柱などの各パーツは100円ショップも使って買い集め、ドライヤーの熱で発泡スチロールを温めながら曲線をつくっていった。設計図も書かずに半年ほどかけて完成。夢の記憶に旅の経験を織り交ぜ、「どの時代か、どこの国にいるのかわからない」広大で繊細な建物になった。後日CGにするために模型を数値化したら、不思議と地形にぴったり合う設計になっていたという。