AERAで連載中の「この人のこの本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。
12歳で産婆になることを決意した結実と、医師の夫、そして結実を頼ってやってくる若き女性たち。死産や流行病が多かった時代に、生と死に向き合い続けた人々の姿を描く。本作はシリーズ最終巻に当たる『凧あがれ 結実の産婆みならい帖』。著者である五十嵐佳子さんに同書にかける思いを聞いた。
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舞台は幕末の江戸。主人公の結実は、産婆として日々お産の現場を駆け巡る。現代を生きる私たちからは一見かけ離れた設定だが、五十嵐佳子さん(67)の新著『凧あがれ』に登場する人物たちには不思議と心寄せずにはいられない。
24歳の結実は数多の出産に立ち会ってきたが、自身に子どもはいない。一方、一つ年上の先輩、すずには二人の子どもがいる。綱渡りの日々を送るすずの仕事をカバーするのも、結実の役目だ。胸の内を素直に明かしにくいが故のぎこちなさ、相手を羨ましく思う気持ち。子育て中の女性が身近にいる人なら誰もが理解できる感情ではないか。
五十嵐さんは言う。
「私自身、二人の子どもを出産しましたが、一人目のときは育休制度もない時代でした。しかも、私は正社員よりも少し立場が弱いフリーのライター。すずの肩身の狭い感じもわかるし、肩代わりをしなければいけない結実の気持ちもわかる。互いに『自分の方が損をしている』と感じてしまうのは、いまも昔も変わらないと思うんです」
「夜遅くまで働けないなんて」と言われたこともあるけれど、「また一緒に仕事をしよう」と声をかけてくれる仲間もいた。そんな女性たちに支えられ、助けられた記憶が登場人物たちのなかに息づく。
『凧あがれ』は、2021年に1作目が発売された“結実の産婆みならい帖”シリーズの4作目にあたる。命と深く関わる仕事であること、その道のスペシャリストであること。「産婆って、いい仕事だな」と感じたことが始まりだった。
物語のなかで、結実はひょんなことから若き日の坂本龍馬と言葉を交わす。そして月日を重ね、一つの時代の終わりを肌で感じるようになる。