五十嵐さんにはかねて「江戸の人たちが明治維新を迎えるところを書いてみたい」という思いがあった。いわゆる“歴史好き”ではなかった。だが、大河ドラマ「花燃ゆ」や「八重の桜」のノベライズを手がけた経験から、自然とその時代に引き寄せられていったという。

 20代から50代まではライターを生業とし、その後、「作家」へと基軸を移した。

「仕事をしていて大変なことはたくさんあったけれど、『すべてはこの景色を見るためだったんだ』と、パッと窓が開いた感じがしたんです。それが50代のときでした」

 そして、手探りながら小説の世界へと足を踏み入れて10年。物語を紡いでいると、登場人物たちが予想もしていなかった方向へと動き出す場面に遭遇することがある。その瞬間がたまらなく好きだという。長く寄り添ってきた結実に対する思いも、日に日に強くなっているのを感じる。

「結実は、夫と暮らす八丁堀でどんなふうに生きているのだろう。明治維新を経て、結実の夫も断髪したのかな。そんなふうに日々想像していると『書かせてもらって、幸せだな』という気持ちになります」

(ライター・古谷ゆう子)

AERA 2024年1月29日号

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