「この人と一緒にものを考えていきたいとか、これから1年かけておしゃべりしてみたいとか、この人の人生を追体験することで一緒に生きてみたら面白いだろうなっていう感じかもしんないです」

 看護師になったナイチンゲールはクリミア戦争で負傷した兵士のもとに赴く。衛生や食事を改善し、軍の倉庫から物資を強奪してまで兵士に食糧や衣類を配った。栗原さんの中で彼女のケアとアナキズムの相互扶助論がつながった。

 思想家クロポトキンは、あらゆる生物には損得抜きに他者を助けてしまう力が宿っていると説いた。満腹のアリが空腹で死にそうなアリに出くわすと、食べたものを吐き出して与えることがあるという。

「吐き出したアリが腹ペコになったら、今度は他のアリが助けてくれるかもしれない。助けるものが助けられ、助けられるものが助ける。自分なんてなくなっちゃう。自他の区別すら飛び越えていくのが相互扶助。その考え方がケアの発想とつながるんです」

 ナイチンゲールは約2千人の兵士を看取ったという。感染症の知識がない時代、兵士に波長を合わせて何が必要かを探り、換気や清掃の重要性に気づいていった。解決方法がわからない状況にあっても考え続ける姿は、コロナ禍の看護師にも重なったと語る。

「戦地に行ったら死ぬかもしれないのに、ナイチンゲールは自分なんてパンッと飛び越えて、うわーっと看護に乗り出していく。将来の目標を設定して、危険を避けて合理的に生きるのが近代的個人ですが、彼女はそれを超える生き方ができた人なんです」

(ライター・仲宇佐ゆり)

AERA 2024年1月22日号

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