
「相手投手にバースとの勝負を避けさせない強さが4番には必要でした。少なくともホームランを30本以上、40本近く打たなければ、と思っていました。また、岡田を生かすために気をつけたのが『ボールの見極め』です。僕のフォアボールで“間”ができ、岡田の101打点につながったと思っています」
85年に日本一を争った西武ライオンズは、後にリーグ4連覇を果たして黄金期を築くことになる、その最初の年だった。西武を4勝2敗で下し、阪神は見事日本一に輝いた。シリーズではバースが打率3割6分8厘、3本塁打、9打点。掛布が打率3割5分、2本塁打、6打点と活躍する。しかし岡田は2割2分7厘、本塁打と打点が0の不調だった。
「クリーンアップっていうのは、3人全員が不調ということはまずありません。お互いが助け合うのがクリーンアップ。あのシリーズに関しては岡田の数字は上がりませんでしたが、シーズン中は何度も助けられていますから」
ついシーズン219本塁打のセ・リーグ新記録(当時)に目が行きがちだが、141犠打も当時のリーグ記録だった。
「役割分担ですね。クリーンアップと30発以上打っていた先頭の真弓(明信)さんにはバントはありませんでした。それは岡田監督も同じで、今年の犠打は2番と下位の7、8、9番だけ。その点では85年と似ています」
今季の“若トラ”は20代がほとんどで、3番森下翔太(23)、4番大山、5番佐藤にほぼ固定できたのは夏以降だった。1番近本と2番中野は“裏クリーンアップ”のようだった。近本が2年連続4回目の盗塁王、中野はDeNAの牧秀悟と並び164安打で最多安打のタイトルをそれぞれ獲得した。
「巨人の原辰徳監督が『今年は1、2、8番にやられた』と話していました。1年間固定して戦えた1、2番コンビと木浪の8番は12球団ナンバーワンでしょう。クリーンアップより警戒される1、2、8番なんて記憶にない。下位打線で作ったチャンスを上位で返すことが本当に多かったですね」
「恐怖の8番」と呼ばれた木浪聖也(29)が出塁し、9番の投手が犠打で送って上位に回す。たとえ9番が倒れても、次の回は先頭からの攻撃になる。
「岡田監督がジェフ・ウィリアムスと藤川(球児)、久保田(智之)にそれぞれ7、8、9回を担わせる『JFK』を作ったとき、終盤の野球が変わりました。相手にとってはJFKが出る6回までが勝負になる。今年は打順の巡りなどから、8番の重要性を思いついたのでしょう。好打者の木浪を8番に置き続け、野球界に一石を投じました」