左から、指揮者の米田覚士さん、編曲の高橋幸代さん、開発の前澤陽さん

「ピアノ演奏を簡単にはしたくない」

 3人のピアニストに合わせて第九を編曲し、おおよそ2週間に一度のピアノレッスンに立ち合ってきたのが、このコンサートで音楽プロデュースを務める高橋幸代さん。これまでも「だれでもピアノ」をはじめとするインクルーシブアーツ(社会包摂的な芸術)に携わってきた音楽家だ。

 高橋さんは、それぞれの奏者の個性が引き立つように、練習を見ながら編曲をアップデートしてきた。

「障がいがあったり、寝たきりだったり、手が思うように動かないから、ピアノは弾けない。演奏を諦めなければならない。そういう現状を少しでも変えていけたら」(高橋さん)

 オーケストラや合唱との共演となる「だれでも第九」コンサートでは、ピアノ奏者と自動伴奏だけでなく、ピアノとオーケストラ、合唱との関係性をも意識しながらのアレンジが重要と、高橋さんは考えているそうだ。

 編曲だけでなく、技術面での目標も相当に高い。高橋さんとともに、テクニカルのサポートを続けているのが、「だれでもピアノ」の開発に携わってきたヤマハのエンジニア・前澤陽(あきら)さんだ。

 ピアニスト本人の弾く音のデータを分析しながら、どこまで自動演奏でアシストするか。その兼ね合いも難しい。前澤さんも毎回の練習に参加し、それぞれのピアノ奏者にとっての難易度なども考慮しながら、ベストな音の響きを求め、都度こまやかな調整を重ねている。奏者が鍵盤を弾いてから「だれでもピアノ」が発音するまでの遅延を可能な限り小さくする「超・低遅延発音」などの新たな技術も開発した。

「障がいなどが理由で、できないところをテクノロジーやその他の要素が補い合う。そこに、僕らがお手伝いできるところがあると感じています。とはいえ、ピアノ演奏を簡単にはしたくない。3人のピアニストたちには、チャレンジして、クリアできた、という成功体験を得てもらえるといいなと思っています」(前澤さん)

 AIというと、効率化や汎用性といった側面が語られやすい。だが、「だれでもピアノ」の技術は、個に寄り添うことを目的としている。人とAIが本気でハーモニーを奏でようという挑戦なのだ。

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