本で溢れたアパルトマンに暮らす夫(ダリオ・アルジェント)と妻(フランソワーズ・ルブラン)。妻は認知症を患い、夫は心臓病を抱えている。離れて暮らす息子(アレックス・ルッツ)が心配するなか、妻の症状は重くなり──。画面を2分割する「スプリットスクリーン」で老夫婦の最期の日々を描く「VORTEX ヴォルテックス」。ギャスパー・ノエ監督に本作の見どころを聞いた。
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2012年の6月に母をアルツハイマーで亡くしました。第65回カンヌ国際映画祭でミヒャエル・ハネケ監督が老夫婦を描いた「愛、アムール」を観た後だったんです。以前は誰も映画で「老い」や「死」をわざわざ見たくないだろうと思っていました。でも近年、これまで水面下にあったこれらを表立って語れるようになったと思います。
コロナ禍で仕事がなくなり「少人数で撮れる映画を」と提案されたとき、本作のアイデアが自然に降ってきました。昔から老人を撮りたいと思っていたこと、また母との経験もつながったと思います。この映画が描くのは80歳以上の人にとってごく自然に起こることであり、その子どもたちが対処しなければならない出来事なのです。
映画のなかで妻の症状はどんどん進み、離れて暮らす息子は二人を心配します。アルツハイマー患者との暮らしは予測不能です。その瞬間、瞬間で何が起こるかわかりません。映画にも描きましたが、我が家でも父がトイレに行っている間に母がいなくなり警察に連絡するかの騒動になりました。それでも映画で夫は一人で妻を看ています。責任感や意地というよりも、妻の病気の進行の速さに追いつけていないからです。それにフランスでは有料老人ホームに入るのに最低でも月3千ユーロかかります。あの夫婦にはそんな余裕はなく、息子は無職です。ゆえに夫婦は一緒に住まざるを得ないのです。
私はこれまで人を怖がらせたり、エロチックだったりする映画を作ってきました。でも「泣ける」映画は作ってこなかった。だから観客に泣いてほしかったんです。今回、映画館で隅っこに隠れて客席を見ていたんですが、意外と泣いている人が少なくて「失敗作か!」と思っていました。心に響きましたか? それはよかったです(笑)。
(取材/文・中村千晶)
※AERA 2023年12月4日号