■6回連続で勝率8割台

 藤井は2022年度の対局を終え、成績は53勝11敗(勝率8割2分8厘)。将棋界では、年度勝率8割台は、数年に1回見られるかどうかというハイアベレージだ。過去に複数回達成した棋士は羽生(3回)と中原誠十六世名人(2回、75)というレジェンドクラスしかいない。藤井はそれをデビュー以来6回連続でやってのけた。形容すべき言葉が見つからない。

 改めて言うまでもないことだが、六冠の時点ですでに偉業だ。しかし藤井の場合、それが通過点のように思われてしまうのが恐ろしい。4月から始まる名人戦七番勝負では、藤井が渡辺に挑戦する。藤井には史上最年少名人、そして羽生以来の七冠がかかっている。

「名人戦ですと持ち時間が(2日制の)9時間ということで、公式戦の中でも一番長い対局になるので、その点も踏まえてしっかりいい将棋が指せるように頑張りたいと思っています」(藤井)

 渡辺は04年に初タイトルの竜王位を獲得して以来、これまで無冠になったことがない。しかし藤井に棋聖、王将、棋王を奪われ、残す牙城は名人のみとなった。渡辺にとって、相当厳しい情勢なのは間違いない。

「あれこれ考える時間もなく次が始まりますが、まあその時の最善を尽くすしかないので、また頑張っていきたいと思います」(渡辺のツイッター投稿から)

 藤井は保持したタイトルを失うことなく、名人を獲得し、さらには王座も獲得すれば、今秋にも史上初の八冠となる。八冠なんて、夢のようなストーリーであったはずだ。しかし現時点ではもう、現実的に想定しうる段階に入っている。

 藤井自身は、そうした記録にほとんど興味がない。一方で観戦者の多くは、そうはいかない。「八冠なるか?」とドキドキしながら、藤井の対局を見守り続けることになりそうだ。(ライター・松本博文)

AERA 2023年4月3日号より抜粋

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松本博文

松本博文

フリーの将棋ライター。東京大学将棋部OB。主な著書に『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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