さらに、味の要となる木桶を自社で作れるように準備を始めた。当時、醸造用の木桶を作れる会社は1社しかなく、職人も1人だけだった。「日本が誇る技術を廃れさせてはいけない」。自分が継承者になると決意した。
「修業は命懸けでした」
実際、木桶職人になるための教科書はなく、見て覚える世界だ。
木桶一つに、40枚程度の杉板を使う。その板を1枚ずつ違う形に仕上げなければならないが、設計図はない。必要なのは完成のイメージと、目と手の感触。カンナで削りながら、形を調整して作り上げるのだ。
完璧な円周にしなければ、隙間から酒が漏れてしまう。この技術を身につけるのに、3年かかった。
大怪我をしたこともある。やめたいと思ったことも何度もある。それでも諦めることはなかった。これまで、4本の木桶を作り上げた。
目標は現在、日本に2人しかいないとされる木桶職人の後継者を増やすことだ。世界中に木桶の良さを知ってもらいたいと願っている。(ライター・米澤伸子)
※AERA 2023年11月6日号