クラシックな大隈講堂に、妖艶な白石さんの声が響いた(写真:早稲田大学国際文学館提供)

特別に披露された三話

 白石さんの朗読からは映像が次々に浮かんだ。感情の昂りと一瞬の沈黙が連続し、絢爛な舞台劇のようでもあった。

 早稲田小劇場の看板女優として活躍後、白石さんは世界的演出家蜷川幸雄のみならず、長塚圭史ら若手演出家の作品に登場、かくいう僕もラジオドラマにご出演いただいたことがある(文豪谷崎潤一郎に可愛がられ、終戦後の銀座の迷宮に現代人を誘う伝説の役で)。

 白石さんといえば1992年にスタートした「百物語」がある。明治から現在までの小説を中心に「恐怖」をキーワードにして選び、これまで九十九話を語り終え、その後も全国各地でアンコール公演を行っている。

 今回、「吉備津の釜」朗読後、村上さんと白石さんから観客に特別な演(だ)し物があった。披露されたのが、「百物語」から三話。第六十話から六十二話で演じた「フリオ・イグレシアス」「トランプ」「もしょもしょ」は村上春樹短編小説集『夜のくもざる』所収のものだ。フリオ・イグレシアスが歌う「ビギン・ザ・ビギン」のレコードを武器に海亀との闘いに臨む夫婦の会話など、現代を舞台にしたユーモラスでどこか不気味な短編である。彼女が「フリオ・イグレシアス」と朗々と発声するたびに、会場から密やかな笑いが漏れた。

 再びステージに上がった村上さんは『夜のくもざる』について、「しかしこんな話、書いたかなぁ」と呟いた。この三つの超短編小説はもともとシュールで思わず笑ってしまう名編だが、白石さんが読むと面白さは倍増するようだった。

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