和やかな雰囲気に包まれたステージ。左は司会進行役の坂本美雨さん(写真:早稲田大学国際文学館提供)

「1978年、小説を書こうと思ったのは神宮球場での開幕戦。神宮外苑は僕にとって大切な土地なんです。……古い木を1千本切るというので、僕としても再開発反対の声を出し続けたいと思っています。賛同してくださる方は支持してください」

「隣にいる(司会の坂本)美雨さんのお父さん、坂本龍一さんのご遺志を継ぐというか」

 村上さんのスピーチに、一斉に大きな拍手が起き、坂本美雨さんが涙ぐんでいるようにも見えた。「村上RADIO」でも再開発反対を表明してニュースになったが、今回は母校大隈講堂での再びの表明となったのだ。

 続いて、近世日本文学の研究者であるロバート・キャンベルさんが登場、これから読まれる「雨月物語」の背景やあらすじの解説があり、いよいよ白石加代子さん登場となった。いやがうえにも期待が高まる。

大写しされた肉筆メモ

 講堂のステージに五つの行灯が吊り下げられ、青い文字が浮かんだ。「村上春樹presents」「白石加代子」「の」「怖いお話」「雨月物語」

 クラシックな講堂全体に白石さんの声がゆっくりと静かに響く。

「きびつの、かま(吉備津の釜)」──。

 そして一転、タイトルロゴが消え、白石さんの肉筆メモが細かく書き込まれた「雨月物語」の台本が大きく映し出された。白石さんと演出家井上尊晶(たかあき)さんが考えた演出だった。原文を映し出すことで観客は白石さんと同じように朗読を経験できる。後半になる頃には声と文字が一体化して憑依、物語の主人公がすぐそこにいるようだった。

 妖艶な朗読に肝を冷やしながら、脚本家倉本聰さんの言葉を思い出した。「ラジオは究極の映像表現」という教えだった。ラジオには映像はない。聴き手はそれぞれにイメージを膨らませる。だからこそ「究極の映像が生まれる」と話してくれた。

 物語に引き込まれながら目を閉じ、男が逃げ、彷徨(さまよ)う広野を想像した。強い風に吹かれ揺れる竹藪と侘しい茅葺きの家、暗闇の林の崖下にざぶんざぶんと打ち寄せる荒波が思い起こされた。執拗に男を追う死霊の女の黒髪はあくまでも豊か……。

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