一連のデジタル革命によって台湾は「東アジアで最も民主的で、透明度の高い政体」という評価を獲得した。これらの事業を主導したのがオードリー・タンという天才的なプログラマーであることは周知のことである。タンのめざす制度改革の特徴は政府情報の公開、市民と政府の対話の確保、何より「デジタル弱者」への気づかいにある。スマホを使いこなせない人たちも等しくサービスを受けられる仕組みを整備した点に彼女の思想の深みを私は感じる。

 これとわがマイナンバーカード制度を比べると、技術的な低さ以上にその思想の貧しさに驚く。わが国におけるデジタル化とは民主主義のためではなく、むしろ国民監視のための技術革新のことである。政策提言のための回路も、弱者への配慮もない。デジタル化においても、民主主義の成熟度においても日本はもう台湾のはるか後塵を拝している。

AERA 2023年10月16日号

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内田樹

内田樹

内田樹(うちだ・たつる)/1950年、東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。近著に『街場の天皇論』、主な著書は『直感は割と正しい 内田樹の大市民講座』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』など多数

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