哲学者 内田樹
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 哲学者の内田樹さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、倫理的視点からアプローチします。

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 台湾から戻ってきた門人から台湾におけるデジタル化の進展について話を聴いて、なんだか悲しくなってしまった。

 台湾でデジタル化が一気に進んだきっかけは2014年のひまわり学生運動である。台中間の貿易協定に反対する学生たちが立法府を約3週間にわたって占拠した事件をみなさんもまだご記憶だろう。この時、議場内にカメラを持ち込んで、そこで起きているできごとをそのまま配信するというアイデアを実践した人たちがいた。台湾市民はこの時、民主政を機能させる最大の武器は「あらゆる政治プロセスの透明化」であることを知った。

 それから透明化のためのさまざまな試みがなされた。「ジョイン」というプラットフォームではフェイスブックかグーグルのアカウントを持つ市民であれば誰でも政策提言ができる。一定数の支持者を得られた場合、行政の担当部局はこの提言を検討し、回答しなければならない。コロナ禍では「マスクマップ」が成果を上げた。マスクを政府がすべて買い上げ、各地の販売拠点に配達する。どこにどれだけ在庫があるかはグーグルマップ上で開示され、市民は本人確認すればマスクの配給を受けることができる。これで市民の不安は一気に解消された。

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内田樹

内田樹

内田樹(うちだ・たつる)/1950年、東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。近著に『街場の天皇論』、主な著書は『直感は割と正しい 内田樹の大市民講座』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』など多数

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