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作家・画家の大宮エリーさんの連載「東大ふたり同窓会」。東大卒を隠して生きてきたという大宮さんが、同窓生と語り合い、東大ってなんぼのもんかと考えます。今回は大宮さんが角野隼斗さんとの対談を振り返ります。
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かてぃんさんと対談するということで初めてライブに行った。厳粛なホールの中に、ピアノが2台。グランドピアノと、アップライトピアノ。拍手のなか登場したかてぃんこと角野さん。グランドピアノではなく、アップライトの方に座って弾き始めた。体育館で聞いたような懐かしい日々の思い出を思い起こさせるようなノスタルジーな音。
バッハの「主よ、人の望みの喜びよ」。冒頭から涙が流れる。私は3歳からバイオリンを習っていたが、それは英才教育ではなく、通りがかりの商店街で欲しいと言ったものがバイオリンだったから。中高時代はオーケストラ部にも入った。高校卒業後は、ミュージシャンの友達に誘われるとケースを開けて弾くくらいで、大のクラシック好きではない。だけれど、ああ、バッハってなんて素晴らしいんだと再認識した。角野さんの演奏は、作曲家の世界を再解釈し、彩色を新たに蘇(よみがえ)らせるような、古い絵画が最新の技術で彩りを取り戻すような。そしてそこにきちんと角野さんのセンスがある。天才のセンス。
昔、サイトウ・キネン・オーケストラを長野の松本まで聴きに行ったとき、小澤征爾(せいじ)さんが出てくる前に、違う海外の指揮者が指揮をした。
「ふうん、こんなものか」と思った。ところが、小澤さんがゆっくりと指揮台に上がられて指揮をした途端、え、同じオーケストラ?と目を疑った。同じ馬?と思うくらいに、自由に音の海原を走り回った。見違えるオーケストラ。素晴らしい音楽躍動。
角野さんの音でそれを思い出した。バッハが素晴らしくても、誰が奏でるか、どういうセンスでそれを表現するかがすごく大事なのだ。
バッハは下手すると古ぼけてしまうことだってある。かといって奇をてらうと、素材が良くてもヘンテコなフュージョン料理を食べたようなよくわからないことになる。角野さんの演奏は、きっとバッハも舞台袖で喜んで、感動して見ているんじゃないかなと思った。
さて対談である。そんな角野さんに会って、20歳も下なことに、あんぐり。努力ももちろんされているけれど、軽やかな行動力と、数学が好きな頭のよさ、キレのよさに、ああ、だからあんな演奏ができるのかと納得。音楽って、音楽漬けというよりも何か数学的なセンスだったり構築が必要な気がする。音はバイブレーション、周波数である。