ロングセラー『サッカーボーイズ』シリーズの著者が新境地を示した最新作である。
 主人公の文哉は、入社一カ月で会社を辞めた直後、「あんたの親父、亡くなったぞ」という連絡を見知らぬ男から受ける。疎遠になっていた父親が残したものは、丘の上の、海が見える古くみすぼらしい家だった。古い映画のDVD、サーフボード、流木の置物、初めて見る青春時代の父の写真。遺品整理を進めながら、亡き父と対話し、自分の知らなかった父親をたどっていく……。
 余韻を残す描写と、現実感あふれる会話。不器用だが、必死に生きようとしていた父親を知り、文哉は「今はなぜだか近くに感じることができた」と思う。社会という波に乗れず、自信を無くしていた日々が少しずつ動いていく様子が繊細に描かれる。
 自分と社会との間に「折り合いをつける」ということについて深く考えさせられる小説だ。父親の残したサーフボードを持ち出し、海に入っていく主人公の姿は清々しく、爽やかな読後感を残す一冊であった。

週刊朝日 2015年5月1日号

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