人生の折り返しをもうとっくに過ぎたことを考えると、私に残された時間は限られている。このままだと果たさなかった山のような約束を抱えたままあの世へ旅立つことになりそうだ。どう考えてもすっきり爽やかに成仏できなさそうではないか。ってことで、4カ月前にこしらえた最新の約束を守りにはるばるやってきたのであります。
もちろんそれは簡単なことではなく、何より、良い思い出ができた場所に再訪することには大いなるリスクがある。新鮮さがない分、同じように良いことが起きても感激は薄れるし、むしろ期待値が大きすぎて失望しかねない。要するに、良き思い出を冷凍保存しそっとしておけばよかった……ってことになる確率が非常に高い。それでも勇気を出してやってきたわけです。
で、そろそろと来てみたら、大家さんは一家勢揃いで待ち構えていてくれて、顔見知りになったカフェの店員さんはピョンピョン跳ねて喜んでくれた。そのどこまでが社交辞令なのかはわからないけれど、少なくとも「コイツはこの街が本当に気に入ったんだな」ということは伝わったんじゃないかと思う。私はちゃんと約束を果たしたのだ。
◎稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行
※AERA 2023年8月28日号