政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。
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「戦う覚悟」という自民党の麻生太郎副総裁の発言が波紋を呼びました。麻生氏がこのような発言をしたのは、18日の日米韓首脳会談の前哨戦の意味もあったのでしょう。米国が東アジアの日韓を巻き込んだ、ミニ「NATO」(北大西洋条約機構)のようなものが今後恒常的な組織になる可能性があります。当面は、北朝鮮の牽制が狙いでしょうが、その最終的なターゲットが中国であることは間違いないでしょう。
日米韓の首脳会談を恒常的な協議の場に格上げする狙いは二つです。その一つは世界の半導体のサプライチェーンの要をなす日本と韓国、さらには台湾をアメリカ主導のシステムの中に組み込むこと。逆に言えば、日韓台の半導体のサプライチェーンから中国を引き離す(デカップリング)ことになるはずです。
二つ目は、ウクライナ戦争後を見越した台湾有事と朝鮮有事をリンケージさせ、軍事的な封じ込めを図るとともに、中国の太平洋への軍事的な拡大を阻止し、その海洋の勢力圏を可能な限り中国沿岸の近海に釘付けにする狙いがあります。その面から見ると、麻生氏の「戦う覚悟」発言は、日韓米のトライアングルを側面からサポートするという狙いもあったと思います。
戦後の日本は、米国と中国、この二つの巨人に対してどう向き合い、バランスを取るかということに苦心してきました。今でも、OBではあっても自民党の重鎮である福田康夫氏が日中平和友好条約締結45周年に奔走しています。康夫氏の父である福田赳夫氏は1977年に福田ドクトリンで「日本は軍事大国とならず世界の平和に貢献する。心と心の信頼関係を構築する」と発言しています。その遺志を継いだのが康夫氏です。一時期は総理大臣として派閥をグリップしていたわけですから、そのレガシーが自民党から消えていきつつあるのは、残念です。外交の複眼的な視点が消えつつあるのも、その帰結ではないでしょうか。
米国との関係を基盤に据えながらも、中国との関係を決してないがしろにはしない──自民党の良識的な政治家は、福田康夫氏の言葉に耳を傾けるべきです。「米国」も「中国」も両方があって然るべきなのですから。
◎姜尚中(カン・サンジュン)/1950年熊本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍
※AERA 2023年8月28日号