人はだれでもまちがう。ノーランが主題としたのは「まちがう科学者」としてのオッペンハイマーだ。そんな映画を「加害側が主人公だ」という理由で拒絶するのは残念だ。日本でこそ公開されてほしい。

 広島・長崎への原爆投下は大量虐殺であり正当化できるものではない。バーベンハイマー騒動は、残念ながらそれが世界の常識になっていないことを示している。鈍感な米国の消費者に怒るのは当然だが、同時にそれを許してきた日本の外交姿勢も省みるべきだろう。5月の広島サミットでも、バイデン米大統領の原爆資料館への訪問には配慮が滲んだ。

 核抑止の平和はリアリズムだろう。しかし核使用の途方もない残酷さも現実だ。前者を認めることは後者への沈黙を意味しない。核抑止が再注目される時代だからこそ、日本は被爆国としての責務を忘れてはならない。

◎東浩紀(あずま・ひろき)/1971年、東京都生まれ。批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役。東京大学大学院博士課程修了。専門は現代思想、表象文化論、情報社会論。93年に批評家としてデビュー、東京工業大学特任教授、早稲田大学教授など歴任のうえ現職。著書に『動物化するポストモダン』『一般意志2・0』『観光客の哲学』など多数

AERA 2023年8月28日号

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