稲盛さんの著作の累計発行部数トップテン

「『利他の心』に代表される普遍的なものの考え方や、人としての正しさを教えていただいたという声が多いです。経営者の方は自分が切り開いた『答えのない道』を歩いておられる方ばかり。その道が本当に正しいのか、実は常に迷いがあるように感じます。そんなときに、信じる道を歩んでいいのだということを稲盛さんの言葉で何度も確認し、勇気づけられているのでは」

 馬渕さんは2015年ごろから経営者に取材する機会が増えたことで、稲盛さんの著作に接するようになった。目を開かれる言葉もたくさんあったと話す。

「たとえば『経営12カ条 経営者として貫くべきこと』にある『値決めは経営である』という言葉。自分たちのサービスやものの値段を決める際には、他のマーケットと比較して付けるのではなく、会社の利益と買ってくれる人の満足が最大値でピタリと一致する一点を当てて、付ける。それが経営なのだと。このところ、この視点が薄れてきているようにも感じます」

 印象に残るもう1冊は、稲盛さん最大のベストセラー『生き方』。目次を読むだけでも、気づきの得られる言葉が並んでいると言う。

「たとえば『細心の計画と準備なくして成功はありえない』という言葉。私は経営者といえば大胆に物事を実行していくイメージを持っていましたが、実際に接するようになり、非常に緻密に、冷静な計算の上に事業が成り立っていることを知りました。『努力を積み重ねれば平凡は非凡に変わる』という言葉も好きです。経営者の方にはいわゆる天才というタイプは実はあまりおられず、みなさん、地道な努力の積み重ねの先に今があると感じます。この二つの言葉は日本の経営者に特に当てはまるもの。大事に胸にとどめて生きておられる方も多いのでは」

 利益の追求を求められる中で自分を極めようとすると、心を忘れてしまう瞬間が誰にもある。そんなときに稲盛さんの言葉が、人にとって何が大事かを振り返る時間、きっかけになるのではと馬渕さんは言う。

「そんな思想を内包している人の方が、強くて魅力的で、経営も成功しているケースが多いと思います。また巡り巡ってその言葉を受け取った人の力にもなる。受け継がれてほしいです」(編集部・小長光哲郎)

AERA 2023年8月28日号より抜粋、一部加筆

暮らしとモノ班 for promotion
2024年の『このミス』大賞作品は?あの映像化人気シリーズも受賞作品って知ってた?