ひこ・田中の小説の中では特別な事件は何も起きない。でも、なんやおもろいねん。『お引越し』は両親が離婚した少女のお話、『ごめん』は思春期を迎えた少年のお話で、普通は「それを背景」に何か起きたりするものだが、ひこ作品では離婚や思春期自体が重大テーマで(子どもの身になってみりゃ、そらそうや)、そこをじっくり掘り下げる。
『なりたて中学生 初級編』の語り手は中学校に入ったばかりの少年だ。成田鉄男は6年生のとき隣の学区の一戸建てに引っ越したため、親友の菱田や小谷といっしょに行くはずだった土矢中ではなく、隣の瀬谷中に行くハメになった(にしても「どや」と「せや」って……)。
〈オレをこんな目に遭わせた張本人の一人が母親や。もう一人の張本人である父親は「仕事上の付き合い」という仕事に出かけてしまった。敵前逃亡ってやつ。まあ、父親のことは最初から当てにはしてへんから、それでもええけどな〉
小学校の卒業式では校長の式辞も5年生の送辞も6年生の答辞(読んだのは成績優秀な菱田だが)も全部しらじらしかった。中学校の入学式も同じやった。〈結局、式っちゅうもんはそういうことやねんな〉と納得していた鉄男に対して、小谷は電話でいったのだ。式は何のためにあるのか。〈親のためや。それからオレらを生徒として迎える学校の先生のため。オレらはここまで育ててくれておおきに。オレらを迎えてくれておおきにという感謝のために座っている〉。あれっ、こいつ、急に頭がよくなってないか?
はじめての制服。はじめての通学カバン。知り合いがひとりもいない学校。疲れ切って〈オレ、絶対に、ランドセルが向いてる。絶対にこっちのほうが得意や〉なんて弱音を吐いたりしている鉄男は、はたして一人前の中学生になれるのか。
3部作になる予定の、これは第1作。いまのところ鉄男は子ども子どもしているが、めっちゃ地に足のついた少年文学の王道や。
※週刊朝日 2015年4月24日号