シャバット・ディナー。ワインを開けるシャニーナさん(左から3人目)と、ハラーを取り分けるシャウルさん(同4人目)(撮影/深澤明)
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 今春、日本との直行便の就航が始まり、行き来がしやすくなったイスラエル。日本人にとってあまり馴染みがない国かもしれない。その一端を知る上で欠かせないのが、イスラエルを代表する食文化の一つ、ユダヤ教の「シャバット・ディナー」だ。6月下旬、現地を旅した記者がリポートする。AERA 2023年8月7日号の記事を紹介する。

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 金曜日の午後3時過ぎ。イスラエルの古都・エルサレムの街を歩いていると、通り沿いのカフェや飲食店、スーパーマーケットが次々に店を閉め始めた。少し前まで市民でごった返していた市場からも、徐々に人の波が引いていく。いったい何が始まるのだろうか──。

「金曜の夜からシャバットに入ります。ユダヤ人はみんな仕事を切り上げて家に帰り、家族や親戚同士で集まって一緒に夕食を食べるんです」と、ユダヤ人ガイドのガル・ゴールドステインさんが教えてくれた。

 シャバットとはヘブライ語で「安息日」を意味する。ユダヤ教の安息日は、金曜の日没から土曜の日没まで。この日は「休んでいい日」ではなく、神が働くことを禁じる「休まなければならない日」だ。エルサレムではほとんどの店が閉店し、公共交通機関であるバスも電車もすべて止まってしまうという。

 夕方になると、道を走る車も減りはじめ、街は次第に静かになっていった。イスラエル人が日常的に交わす「シャローム」というあいさつも、気がつくと「シャバット・シャローム」(平和な安息日を)という言葉に変わっていた。

 日没前の午後7時、エルサレム市街を一望する高台に立つアパートメントを訪ねた。ユダヤ教の伝統的な「シャバット・ディナー」を外国人旅行者にも提供しているという、トゥーソンさん一家のお宅にお邪魔した。

 部屋に入ると、男性にはユダヤ教徒がかぶる「キッパ」という小さな帽子が手渡された。女性はろうそくに火を灯し、顔を両手で覆って静かに祈る。静謐(せいひつ)な空気のなか、席についた。

 そのとき、妻のシャニーナさんが尋ねた。

「暑ければエアコンをつけますが、どうしますか? これはいますぐに決めなければなりません」

 安息日、ユダヤ教では働くことだけでなく、火をつけることなども禁じている。このため、敬虔なユダヤ教徒の場合、電化製品のスイッチを入れるという操作もできなくなるという。エアコンや部屋の照明をつけておくためには、日が暮れる前にスイッチを入れ、そのままつけっ放しにしておかなければならないのだ。

 シャバット・ディナーは、夫のシャウルさんによる祈りの歌で始まった。まず「ハラー」と呼ばれる安息日用のパンが切り分けられ、葡萄酒(赤ワイン)とともにいただく。そこからサラダ、グリーンピースのスープ、甘い鶏肉にビーフのシャンピニオンソースと、シャウルさん特製の絶品料理がテーブルを埋め尽くした。

 イスラム教のハラルフードと同様、ユダヤ教でも食べてよいとされるものとそうでないものが決められている。「豚肉は食べない」「乳製品と肉を同時に食べない」などの規定を守った料理は「コーシャ(コシェル)」と呼ばれる。調理するうえで厳格なルールがあっても、食べる際に堅苦しい決まりはなく、食事は終始リラックスした雰囲気だった。会話を楽しみ、互いの仲を深めるのがシャバット・ディナーの過ごし方のようだ。3時間近く続いたにぎやかな夕食は、再びシャウルさんの祈りで、お開きになった。

 人口の4分の3をユダヤ人が占めるイスラエル。ユダヤ教のシャバット・ディナーは国を代表する食文化の一つといえるだろう。(編集部・鈴木顕)

AERA 2023年8月7日号より抜粋