江夏豊。記録にも記憶にも残る稀代の名投手だ。シーズン401奪三振、オールスターでの9連続奪三振。阪神退団後は複数の球団を渡り歩きストッパーとして活躍し、優勝請負人と呼ばれた。一方、歯に衣着せぬ発言も多く、監督との確執は絶えなかった。
 現役時代の逸話や、強面の外見も手伝い、豪放磊落な印象が強いが、本書を読むと江夏像は一変する。酒を飲まず、几帳面。気配りを重視する。だからこそ、気遣いできない他者とは激しく衝突する。
 全盛期の王貞治、長嶋茂雄を向こうに回して数々の記録を打ち立てた江夏は「豪腕」のイメージが先行するが、現在も語り継がれる「江夏の21球」はまさに打者との駆け引き。「投げて、打つ」だけの野球界に打者心理や投球術を持ち込んだ第一人者である。私生活でも相手の心理に人一倍、気を遣うのは不思議な話ではない。
 10年以上付き合いのある著者は公私で江夏の一挙手一投足に気を配る。恐れているのではない。敬っているのでもない。惚れているのだ。男が男に惚れるとはこういうことか。

週刊朝日 2015年4月10日号