「主人在宅ストレス症候群」

 配偶者といるときの居心地の悪さに苦しんでいるのは、じつは夫だけではないのだ。原因不明のめまいや胃痛、手足のしびれ、動悸、不眠、耳鳴り。病院でいくら検査をしても異常はみつからない。問診をしていくと、そうした症状の原因が夫にあることがわかってくる。そんなケースが増えているという。

 思い当たる原因を振り返ってもらうと、「そういえば、主人が定年退職して家にいるようになってから眠れなくなりました」「主人が何か言うたびに心臓がキュッと痛みます」などといった話が出てくる。そのため、夫が家に居続けることによるストレスで妻が病気になるのかもしれないと思い至った医学博士黒川順夫は、この病気を「主人在宅ストレス症候群」と名づけた。

 最近では、早期退職や失業などで40代から50代でも家にいる男性が増えたため、夫の定年退職後に限らず、このような症状に苦しむ妻が増えているという。

 夫の帰宅恐怖症候群といい、妻の主人在宅ストレス症候群といい、中高年の夫婦は深刻なコミュニケーションの問題を抱えていることが少なくない。目の前のやらないといけないことに追われているうちに、深刻なコミュニケーション・ギャップが生じ、お互いに相手の気持ちがわからなくなっている。話すたびにすれ違いを感じ、話すのが面倒になってしまう。

 これでは家庭が心地よい居場所になるわけがない。

 明治安田生命が2021年に実施した「いい夫婦の日」に関するアンケート調査によれば、夫婦円満な人では61.7%が夫婦共通の趣味があると答えているが、夫婦円満でない人では13.0%しか夫婦共通の趣味をもっていない。ここから夫婦で共通の趣味をもつようにすることが、家庭を心地よい居場所にする秘訣と言えそうである。だが、定年後に行動を共にしようとすると妻に拒否される夫が多いという実態があるわけで、定年前からの関係性のケアが大切と言える。

 ちなみに、同調査によれば、夫婦間の年間のプレゼント予算はこうなっている。

 夫婦円満な人は3万9568円、夫婦円満でない人は1万8533円であり、2倍以上の開きがみられる。

 配偶者の誕生日にプレゼントをするのは、夫婦円満な人では60.9%なのに対して、夫婦円満でない人では26.5%と、これまた2倍以上の開きがみられる。

 結婚記念日に配偶者にプレゼントをするのは、夫婦円満な人では29.5%であるのに対して、夫婦円満でない人では4.9%と、6倍もの開きがみられる。こうしてみると日頃の気持ちの交換の蓄積も大きいと言えそうである。

榎本博明 えのもと・ひろあき

 1955年東京都生まれ。心理学博士。東京大学教育心理学科卒業。東芝市場調査課勤務の後、東京都立大学大学院心理学専攻博士課程中退。カリフォルニア大学客員研究員、大阪大学大学院助教授等を経て、MP人間科学研究所代表。『「上から目線」の構造』(日経BPマーケティング)『〈自分らしさ〉って何だろう?』 (ちくまプリマー新書)『50歳からのむなしさの心理学』(朝日新書)『自己肯定感という呪縛』(青春新書)など著書多数。