森重昭、森佳代子/副島英樹編『原爆の悲劇に国境はない 被爆者・森重昭 調査と慰霊の半生』(朝日新聞出版)
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 川幅は10メートルより広かったように思う。木の葉のように吹っ飛んで助かったのは幸運だったんでしょうけども、飛ばされて私は、川の中でしゃがんでいたんですよ。なぜか。真っ暗だから。さっきまで青空の快晴の日に自分は学校に行きつつあったはずなのに、突然、真っ暗闇の中に放り込まれました。本当に真っ暗でした。自分の手の指を目の前で開きました。数えようとしたんですけども、これが数えられない。5本の指が見えないぐらい暗かったんですよ、あの暗闇の中は。

 ピカドンという表現がありますが、ピカは知っていますけども、ドンは知りません。ここでね、言いたいことがある。ピカドンと今の人はみなさんおっしゃっています。非常にわかりやすい。だから後世の人は、ピカッという光と、ドンという音が同時にあると思うだろうけれども、大間違い。なぜかと言いますとね、光は1秒間に全部で30万キロ走るんですよ。30万キロと言ったらおわかりになりますか。地球を7回り半ぐらいの距離を走るんですよ。音は1秒間に340メートルしか走りません。だから、両方が同時に聞こえるなんて絶対にない。随分時間を経てから、ドンという音が聞こえた、というなら納得しますけどもね。

 気がついた時は、川の中に吹き飛ばされていました。私が最初に川から這い上がりまして見たものは、血だらけで、胸が裂けまして、内臓が飛び出ているのを両手で持ったお嬢さんでした。「病院はどこですか」と聞かれました。今にも倒れそうでした。その時です。上空でB29の音が聞こえました。原爆を投下した飛行機がまた戻ってきたんだと思いました。また……また、やられる! 目の前のけがをした娘さんのことなどもう眼中になくなりまして、必死で逃げました。それでもう大声で泣きながら、道中に横たわっている人を踏みながら、逃げに逃げました。命のことを考えたのはこの時です。死にたくない、と正直思いました。

 爆弾が雨のように落ちてきたと感じました。たった一発の爆弾で広島市が吹っ飛ぶなんて誰も考えなかったはずです。逃げるとき、無性に怖かったです。命を助けてほしいと祈りました。爆心地がどこかわからなかったのも、怖さを倍増させた原因の一つだったと思います。 市中から逃げていた人と、市中に入る人がぶつかったんです。いかに情報が錯綜していたか、今ならわかります。

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「黒い雨」は痛かった