塑像台の頭蓋骨には、全体に目印のような小さなピンがたくさん刺さっていた。
「私は杭と呼んでいますが、粘土で埋めた時の皮膚の表面になります。これが埋まってもだめで突き出てもだめですが、杭がないところは、作者がどう盛りあげるかは自由なんです」
戸坂は笑ったが、違和感のない自然な顔でなければならないから、むしろ杭(くい)がない方がむずかしい。この復顔を戸坂に依頼した慶應義塾大学文学部教授の河野礼子がこんなことを言っていた。
「あの骨は顎が一部しかなく、別個体の顎を足しています。そうやって骨を補う術はすべてやった上でお渡ししました。それでも足りない部分はいっぱいあります。そこは戸坂さんの判断で埋めていただきます。彼女のように骨のことをよくご存じでなければ無理でしょうね」
完璧な頭蓋骨でないから、骨に知悉(ちしつ)したうえで観察力と想像力がないとできないのだ。そういえば、旧石器時代人の皮膚の厚さなんてどうやって調べるのだろう。軟部組織(皮膚や筋肉など)のデータなどないはずだ。戸坂は、現代人のデータを使うと言った。20代から30代半ばの男性のデータで、そのままでは恰幅(かっぷく)がよくなるので、BMI(肥満度を示す指数)が標準より痩せている人の平均値を出して使うそうだ。正確な再現というより、平均的な顔の再現である。
欠けている頬は、反対側の頬をコンピューターで反転させて作ったから、左右が対称になっている。これが問題で、人間は左右対称に見えても完全な左右対称の骨はないそうで、このまま肉付けしてしまうと、「動きが止まったような顔になる」と戸坂は言うのだ。
「人の顔の左右差が少ないのは10代までで、20代以降になると、例えば右向きに寝るといった生活習慣を反映して歪(ゆが)みやねじれが出てきます。歪みは個性ですが、今回のように反転させるとねじれがなくなり、お人形さんのような顔になるんです」
これをどこまでリアルな顔にするかは、戸坂の腕にかかっているということだろう。
粘土を頭蓋骨に貼りつけると、表情筋を作り始めた。復顔像が完成すれば、表情筋なんて皮膚の下に消えてしまうのに、なぜ?
「パフォーマンスという人もいますが……」
これが私の流儀と言いたいのだろうか。