骨に恋した復顔師・戸坂は、「生」と「死」、「過去」と「未来」をつなぐ人でもあった(撮影/楠本涼)
骨に恋した復顔師・戸坂は、「生」と「死」、「過去」と「未来」をつなぐ人でもあった(撮影/楠本涼)
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 戸坂明日香は、頭蓋骨に粘土で肉付けをして、生前の顔を復元する専門家である。どんな骨にも、その人物の生活の痕跡が残っているのだと言う。どんな人物かを想像することで、よりリアルに生前の姿に近づける。同級生の死をきっかけに、生死についてずっと考えてきた。脈々と続く命の連なりを、復顔を通して戸坂は感じている。

【写真】戸坂が「私のいちばん好きな骨です」という蝶形骨(模型)

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 人の頭蓋骨がそこかしこに置かれていた。3Dプリンターで作られた白い頭蓋骨もあれば、部屋の隅には年月を経てくすんだような頭骨もある。この研究室の主の好みなのか、コートハンガーも等身大の骸骨の模型標本だった。

 部屋の真ん中には広いテーブルが置かれていて、その上の塑像台にもやはり頭蓋骨が鎮座していた。2008年に沖縄県の石垣島で発掘された2万7千年前の旧石器時代人の頭部だ。精密なレプリカである。

 その頭蓋骨に向き合うのは戸坂明日香(とさかあすか・39)。京都芸術大学文明哲学研究所の准教授である。というより「復顔師」と呼ぶ方が分かりやすい。頭蓋骨に特殊な粘土で肉付けして生前の顔を復元する専門家のことだ。復顔師とは聞き慣れない言葉だが、彼女の造語である。

 私が「復顔」に興味をもったのは、遠い過去の頭蓋骨から生きていた時代の顔を再現するだけでなく、近未来に登場するであろう二足歩行のアンドロイドになくてはならない技術になると思ったからだ。いわば過去と未来をつなぐアートとテクノロジーが融合した超芸術……。そんなことを想像したのだ。

 戸坂は何かを目測しているらしく、頭蓋骨との間に鉛筆を立てて目を細めたと思ったら、スケッチブックを広げて勢いよく鉛筆を走らせた。カメラで撮ったほうが正確な記録ができるのにと思ったが、彼女が描こうとしているのはそれではなかった。どんな頭蓋骨にもその人物の生活の痕跡を示す「ねじれ」があって、写真ではとらえにくいためにデフォルメして記録しているのだという。なんのために? 生きていた当時の顔を、限りなくリアルに復元するためである。

 人間の骨には顔と同じように個性があり、一つとして同じものはない。そんな骨に心底魅入られたらしく、頭蓋骨を前にする彼女の目は、生きた人間に向き合う時とはまるで違っていた。

■骨には必ず個性がある 表情筋まで作って復顔

 ふわっとした甘い土のにおいが研究室に広がる。戸坂の背後に置かれたオーブンからだ。今から頭蓋骨に肉付けするのに使う粘土を40~50度に温めていたのである。

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