作家のラマはフランス北部の町・サントメールで、ある裁判を傍聴する。被告はセネガル出身の女性ロランス。生後15カ月の娘を海辺に置き去りにし、殺人罪に問われていた。次第にラマは母親との関係に悩む自身をロランスに重ねる──。実際の事件の裁判記録をもとにした胸に迫るドラマ。「サントメール ある被告」。アリス・ディオップ監督に見どころを聞いた。
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2015年にル・モンド紙に載った1枚の写真を見ました。それはファビエンヌ・カブーという女性で娘を海辺に置き去りにして殺害していました。マスコミは彼女の上品な話し方やIQ150で博識なことを強調しました。彼女が教養ある女性であることをなぜそんなに世間が騒ぎたてるのか? 違和感を持った私は裁判を傍聴し、この物語を作りました。ファビエンヌをモデルにしたロランスと、私のある部分を持った架空の人物ラマを通して、フランス社会で生きる黒人女性の居場所がどういうものかを表象したかったのです。
黒人女性は白人社会で、白人の女性と自分を同一視することが可能です。白人のヒロインに感情移入できる。しかし黒人女性に対して白人やほかの色の肌の人々は同じことができているでしょうか? 黒人女性は移民など特殊な経歴で描かれることが多く、観る人がそこから普遍的なものを読み取ることができないように感じていました。そこで私は物語の軸に「母と娘の関係」を持ち込みました。あの裁判に参加することで私自身も母との関係を考える経験をしたのです。世界中の女性たちから「ラマに自分を投影した」という反応があり、うれしく思います。
本作は裁判記録をほぼそのままセリフにしています。ただ、最後の口頭弁論の部分だけは創作です。共同脚本のアムリタ・ダヴィッドが生物学の雑誌から母と子についての衝撃的な事実を見つけてくれたのです。それによって私たち娘は母親への複雑な感情を「生物学的にそうなら、どうもがいても仕方ないな」と感じ、ちょっと心が癒やされるのだと思います。本作は本物の裁判を体験しているようなやり方で撮影しました。あの最後のシーンで女性たちはみな本物の涙を流しているのです。
(取材/文・中村千晶)
※AERA 2023年7月24日号