しかし何よりAちゃんを苦しめたのは、彼の外面が良いことだった。元夫はどこかかわいげのある顔立ちで、年上にかわいがられる甘え上手、礼儀正しく、しっかりしている(ように見える)。そのためか、転々と仕事を替えながらも次の仕事は必ず見つかった。はったりと人あたりの良さで、これまでも上手くやれていたのだろう。実際、Aちゃんが両親に「離婚したい」と助けを求めたとき、「家族なのだから」「彼を一緒に育てよう」とAちゃんの父親は元夫に同情したという。結果的に、私の友人(Aちゃんの母親)が動き、弁護士をつけて離婚することができた。とはいえ離婚も一筋縄ではいかなかったという。
衝撃だったのは元夫が親権をほしがったことだった。「親権? 当然、オレでしょ」と彼はAちゃんに言ったという。それは「オレが世話をしているから」(←していない)でもなく、「オレのほうが経済力があるから」(←ない)でもなく、ただ「オレが男だから」としか、Aちゃんには聞こえなかったという。
また離婚が成立した日、元夫は彼女が家をあけた数時間のうちに、家財道具一切を彼女の許可なく全て持ち出したという。洗濯機や、掃除機、炊飯器といった家電全てに、包丁1本残さず、である。さすがにそれを知ったAちゃんの父親は「一番安い包丁でいいから残してくれないと困るだろう! なんて酷いヤツだ!」と初めて元夫に対して激怒したらしいが、怒るとこはそこじゃないだろう。さらに怖いのは元夫は弁護士に終始「理解ある夫」を演じていたことだ。「僕は、本当に彼女に感謝しているんです」とAちゃんへの感謝を心から述べたと思えば、Aちゃんは精神不安定だから心配だ……みたいなことを言うこともあったという。
典型的なモラハラ夫だった。今でもAちゃんは、外出する前に玄関の前に元夫が立っているのではないかと身を硬くするという。玄関ののぞき窓をいったん見て、誰もいないことを確認し、神経を尖らせながら外に出る。束縛する男、説教をする男、空疎なことを語りたがる男を怒らせた恐怖は、経験した人にしか分からないだろう。しかも女が恐怖を訴えても、世間は「男女間のトラブル」くらいにしか受け取らない。男の感じの良さや、一生懸命に見えるところや、フツーな見た目に、「あなたももう少し頑張れば?」「子供をどうするの?」など、女の声や女の不安や恐怖が軽視されてしまうのは珍しいことではない。