写真はイメージです(Getty Images)
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作家・北原みのりさんの連載「おんなの話はありがたい」。今回は、危険なモラハラ男について。

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 外食中、隣の男女カップル(30代前半?)の会話が聞こえてきてしまった。会話というより、ほぼ9割が男の“オレ語り”で、それがそこはかとなく怖かった。都心のイタリアンレストランで、男は女を前にこんな話をするのである。

「オレは天下を取ると決めている」「権力と金、迷いなく取りにいける男になる」「人生、やるかやらないかだ」(あとはそのリピート)。

 語られる内容はおおよそ戦国時代。でも傍からは、恋人たちが将来の展望を語っているようにすら見える。なにしろ男はフツーのスーツを着たフツーの人っぽく、全体的に清潔感があり、口調も穏やかで、良い人風なのだ。一方、女のほうは男のグラスが空になったらすぐ注文するなどし、「さすがだね」「信じられない!」「すごいなぁ」「絶対できるよ!」「そうだよね!」とサ行の相づちを打つのであった。その相づちの度に男はますます良い気になり……上記をリピート……。

 うわーーーーーーっ! 今ドキの30代で、あれ?!と、2人が去った後に思わず一緒にいた女友だちに漏らすと、驚いたことに彼女がこう言った。「もしかしたら、ああいうモラハラ男、増えているんじゃない? 娘の元夫とそっくりだよ」と。以下、彼女から聞いた話。

 彼女の娘(Aちゃんと呼ぶ)は1年前に離婚が成立したが、妊娠を機にした結婚(約2年)は地獄だった。元夫はどんな仕事も長続きしないのだが、ことあるごとに「人生」を語りたがる男だった。「天下を取る」というのは日常的なご挨拶で、「人生、死ぬか生きるかだ」とか「男の人生、びびるかびびらないかだ」など、会話の主語には「人生」と「男」が多かった。トイレの壁には「オレはキムタクにはなれないがキムタクもオレになれない」という誰かの言葉が貼られていた。

 恋愛しているときは「夢のある男」に見えていたが、現実の生活で「オレ語り」は全く役に立たなかった。何より元夫は子供の世話を一切しなかった。しようという意思すら見せなかった。その上、Aちゃんが子供の世話をしていると「オレをもっと大切にしろ」と切れることも多々あった。Aちゃんが反論でもすれば、「女が口答えするな」と説教がはじまった。

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北原みのり

北原みのり

北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。女性のためのセクシュアルグッズショップ「ラブピースクラブ」、シスターフッド出版社「アジュマブックス」の代表

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夫の外面の良さで女の恐怖が軽視される