芝浦工業大学名誉教授の大倉典子さんは、世界で初めて「かわいい」を研究対象にとり上げた工学者である。東京大学大学院の工学系研究科修士課程を修了して1979年に日立製作所の中央研究所に就職した。そこで進められていた植物工場の研究に興味を持ったからだ。入社試験は高卒向けを受けた。男女雇用機会均等法が1986年に施行される前は、民間企業の多くが大卒女子を募集していなかった。子どもの預け先が見つからなくて5年で退職、それから紆余曲折を経て芝浦工大教授になったのは45歳のとき。感性工学者として確かな歩みを始めたのは50歳を過ぎてからだった。それにしても、「かわいい工学」とは何なのか。そんなユニークな学問をなぜ始めたのだろう。(聞き手・構成/科学ジャーナリスト・高橋真理子)
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――「かわいい工学」とは何でしょうか?
21世紀に入って日本の「かわいい」が世界中に広まりました。「kawaii」がそのまま英語になっている。日本生まれのゲームやアニメが世界に広まっているのも、キャラクターのかわいさが大きな要因ですよね。
私は、心拍や脳波などの生体信号を使って人間の感情を推定する研究をしていました。その手法を使い、人工物を「かわいい」と感じるのはどういう形や色や素材でつくったときなのかを系統的に調べ始めた。2007年から約10年間の研究成果を『「かわいい」工学』(朝倉書店)という本にまとめました。
――「かわいい」と「工学」って意外性のある組み合わせで、だから印象に残りますね。
私、50歳の誕生日に、これからは社会に役立つこと、とくに女性に役立つ研究をしようと思ったんです。看護師さんや薬剤師さんは女性が多いですけれど、医薬品や医療機器には女性にとって使いにくいものもいっぱいある。たとえば医薬品のパッケージが男性なら簡単に開けられるけど女性にとっては固くて開けにくいとか、そういうのをもっと使いやすくする研究をしようと思った。と同時に、女性の感性に価値があることを認めてもらおうっていうことで、「かわいい」を研究しようと思ったんです。