フィルム時代は広角レンズを使用して斜め上から撮るのが一般的だった。「望遠レンズで真上から撮影するような世界はまったく想像できなかった」。ところが、カメラがデジタルに切り替わるとさまざまな撮影にチャレンジしやすくなった。
「何と言っても、撮影が成功したか、写した直後に確認できるようになったことが大きいですね。フィルム交換が必要なくなり、ISO感度も自由に変えられる。レンズの選択肢もぐっと増えました」
見向きもされなかった作品
最初に取り組んだテーマは鉄道路線の多い東京だった。その一つが、吉永さんが生まれ育った渋谷の駅周辺である。
「なので、冒頭にお話した渋谷の写真はずっと継続して撮影しているうちの1枚です。渋谷を撮り始めたら、大規模な再開発が始まって、本格的に記録していくことになりました」
しかし、吉永さんの作品はなかなか受け入れられなかった。鉄道雑誌に写真を持ち込んでもほとんど見向きもされなかった。
「こんな写真はもう新聞社が撮っているじゃないか、と言われた。採用されても、地上で写した鉄道写真に加える1枚とか。そんな扱いでした」
転機となったのは11年に開催した初の個展「空鉄(そらてつ)」だった。
「それまでの空撮写真は基本的に横位置だったのですが、縦位置の写真を飾ったり、望遠レンズで撮影した寄りのカットを展示した。そうしたら、見に来た人が『面白い世界だね』と言ってくれました」
幸運にもその1人が講談社の編集者だった。翌年、写真集『空鉄―鉄道鳥瞰物語―』が出版され、吉永さんの作品世界が少しずつ知られるようになった。
カキやタコも
吉永さんの作家活動の中心は「空鉄」だが、鉄道以外のさまざまな被写体にもレンズを向けている。
例えば、広島湾に浮かぶカキの養殖いかだを写した1枚。光を受けたさざ波が青緑色の海に繊細な模様をつくっている。
「これは広島電鉄の撮影で飛んだときに写したものです。広島市街地から厳島の対岸の宮島口まで海岸沿いを伸びる線路を追いました。晴れていて海が奇麗でした。そのとき目にした養殖いかだが文字のように見えたんです。面白いな、と思って、シャッターを切りました」
カキだけでなく、タコもある。それは毎年、業務で静岡を飛ぶ際に気になっていた通称「タコ公園」。やわらかい光が赤いタコのすべり台を照らしている。
「光線状態はそのつど違いますから、どう撮るかは現場で判断することが多いです。このときは雲間からスポットライトのような光がタコに当たっていました」
意外なことに、必ずしも晴れが好条件とはかぎらないという。
「晴れていると影の部分がつぶれてしまうので、被写体のディテールを撮るなら曇天のほうがいい。あえて曇り空を選んで飛ぶことも多いです」
弱い光でもきれいに写せるのはデジタルカメラの強みだ。吉永さんは進化するカメラの機能を取り入れて作品をブラッシュアップしてきた。
身近にあるのに意外性のある風景。これからもそんな空から写した風景をもっと見せてほしい。
(アサヒカメラ・米倉昭仁)
【MEMO】吉永陽一写真展「地上絵」
コミュニケーションギャラリーふげん社 6月15日~7月2日