そこを襲ったサイクロン。避難や救援を担っているのはアラカン軍だ。シットウェ郊外に避難したというBさん(52)はこう話す。

「国軍は、避難しろと口で言うだけで何もしない。郊外に出るとアラカン軍がいるので町のなかにいるだけ。アラカン軍は市民を装って町に入り、10万人を避難させました。国軍はヤンゴンから支援物資をトラック10台で運んでいると言っていますが、誰も信じていません」

 ラカイン州内の町や村はほぼ同じ状況に置かれているようだ。国軍に対抗する民主派の国民統一政府は、世界に向けて支援要請を出した。仮に物資が届いても、それをラカイン州に運び込む前に国軍の壁がある。時間を追って増える犠牲者の数を前に、Bさんは苛だちを隠せない。

「アラカン軍は資金も多くないので支援には限界があります。皆、自分たちで水や食糧を調達しています。ラカイン州の海岸に沿ったエリアは、大きな難民キャンプみたいになってしまいました。国軍さえいなかったら、こんなことにはならなかった……」

 このエリアはクーデター前から、ラカイン人とイスラム系のロヒンギャの軋轢があった。いまも100万人を超えるロヒンギャが、隣国バングラデシュの難民キャンプで暮らしている。今回、アラカン軍はラカイン人、ロヒンギャの区別なしで避難させたという。

 しかし日本にいるラカイン人の多くがこれからを心配する。Rさん(55)はこういう。

「いまのミャンマーの状況はほかの国とは違います。世界が支援物資を送っても、それを国軍がどう扱うかで市民が悲惨な状況に追い込まれる可能性もあります」

 隣国バングラデシュ南部も「モカ」の強風が吹き荒れた。しかし中心がラカイン州側に寄ったため、被害は少なかった。バングラデシュ南部の街、コックスバザールに暮らすラジョさん(51)と電話がつながった。

「停電や通信ダウンは一時的にありましたが戻りました。島や国境沿いのテフナフの人たちはシェルターに避難して大丈夫でした。クトゥパロンにあるロヒンギャ難民のキャンプも被害は出なかったようです」

(下川裕治)

■しもかわ・ゆうじ 1954年生まれ。アジアや沖縄を中心に著書多数。ネット配信の連載は「クリックディープ旅」(毎週)、「たそがれ色のオデッセイ」(週)、「沖縄の離島旅」(毎月)。

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