タイのメソトにある人権団体「政治犯支援協会」の展示。ミャンマ ーの刑務所で行なわれていた拷問を再現している(撮影・増保千尋)
タイのメソトにある人権団体「政治犯支援協会」の展示。ミャンマ ーの刑務所で行なわれていた拷問を再現している(撮影・増保千尋)

■ミャンマー問題の本質

 国内情勢も混迷を深める。軍事クーデターが発生した当初は、国民民主連盟の議員らが主体となって設立された国民統一政府が、民族や宗教の垣根を越えた真の連邦政府の樹立を目指すと宣言し、民主化運動を主導した。だが、今のところ国民統一政府を正式な政府と承認する国・地域はなく、市民の間には国際社会に対する落胆が広がる。

 状況改善の兆しが見えないことから、国民統一政府の軍事部門である国民防衛隊の武力抵抗も拡大し、内戦は悪化の一途をたどる。ヤンゴン在住の地元女性記者(34)はこう話す。

「都市部の治安も悪化しており、夜間の外出を控えるようになった。尼僧が強盗に遭うなど、これまでにはなかったような犯罪が起き、気の休まるときがない」

 国民防衛隊兵士による軍事政権寄りの市民への人権侵害も報告されており、前出の女性記者は、「一部の国民防衛隊兵士の過激化が原因で、国民統一政府への信頼を失う人もいる。若者たちが国軍との戦いに参加することを嘆く人もいて、クーデター後、政治思想の違いによる分断が市民の間にも生じている」と指摘する。だが、国民防衛隊兵士のトーンネイソーは武力抵抗を否定する人たちに「ミャンマーの問題の本質」に気づいてほしいと訴える。

「私たち民主派は88年から非暴力で国軍に対抗してきたが、状況は変わらない。ミャンマーでは国軍があらゆる利権を握っている。国を変えるには、彼らを政治から締め出すだけでは足りない。完全に打ち負かし、これまでの制度を解体する必要があるが、それは武力なしには達成できない」

■「日本を信じている」

 ミャンマーで市民が軍に殺戮(さつりく)されている現状に対し、国際社会は経済制裁以上の対応をとっていない。「誰も我々を守ってくれないなら、いまは自衛のために武器をとるしかない」とトーンネイソーは話す。世界の無関心が彼らを戦場に駆り立て、内戦を長期化させているとも言える。他に選択肢がないとしても、周囲からの助けもなく「巨大な壁」にぶつかることを選んだ人たちの行く末を憂慮せずにはいられない。

 日本政府はミャンマーとの間に「独自のパイプ」があると強調し、軍事政権に利益をもたらすODA(政府開発援助)案件を継続するなどして、国軍との関係を維持している。こうした癒着が批判される一方、歴史や経済の面でつながりの深い日本に期待する声は国内外で根強い。

 ミャンマーの人権状況に関する国連特別報告者トーマス・アンドリュース氏は、4月の来日時に日本の役割の重要性を強調。情勢を悪化させるODA事業の停止や、ミャンマーからの難民を受け入れる第三国定住枠の拡大などを提言した。

 タイ北西部に逃れた民主派の活動家の男性(32)は、日本への思いをこう語る。

「ロシアや中国とは違い、日本はきっとミャンマーの未来のために外交努力をしてくれる。多くのミャンマー人が、いまもそう信じています」

(ジャーナリスト・増保千尋)

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