■すべての人が利用可能
佐藤さんは1980年代に「芝浦GOLD」をプロデュースし、「バブルの帝王」の異名をとった人。「いつの時代も人が集まる場を作ってきただけ」と言うが、佐藤さんにとって、商業ビルと違う磁場を持つ学食は、次の最先端として興味をひかれるものだった。
ちょうど駒場IIでは、コロナ禍で学食の運営事業者が撤退したタイミング。「学食をイノベートしよう」という機運がここから高まっていった。
食堂コマニのランチは、東大生、教員だけでなく、すべての人が利用可能となっている。厨房(ちゅうぼう)で働くのは、プロの料理人ではなく、家庭料理の経験が豊富な近隣の女性や、別に本業を持つ人たち。週に1回、コピーライターの男性がオリジナルスパイスを調合したカレーを出す日もある。かつてはアルマーニのスーツを身につけていた佐藤さんは今、エプロン姿でホールに立つ「食堂のおじさん」だ。
千円の定食は学生にはハードルの高い価格だが、その裏には良質な日本の食材と、味噌汁の出汁(だし)を3時間かけて引くといった手間がある。
「最初は高いと言っていた学生も、おいしさを知ると、お小遣いをやりくりして来てくれるようになります。それは生産者さんへの関心にもつながっていくし、コスパとは別の『対価』を意識することにもなる」
と、玉田さん。
広い空間には、テーブル、カウンター席とともに、子ども連れが使いやすい小上がりもあり、フロアの一角で路上ライブのようにゼミが始まることもある。「ここができてから、うちの研究室の学生の出席率が高まりました」と、川添さんは場の効用を実感している。(ジャーナリスト・清野由美)
※AERA 2023年6月19日号より抜粋