「突然言い出したのでびっくりしましたが、『渚でシャララ』(2010年)というシングルでオリコン1位を目指そうと。聞けば長年プロデューサーを務めた恩返しなのか、もう沢田君も了承してくれてると言うんです」(植田)「『ただ演奏するだけじゃつまらないから、俺たちの一番苦手なことをしよう。踊るんだよ!』と言われて『えーっ!』と。みんな覚えるのに一週間くらいかかったんだけど『SMAP×SMAP』(フジテレビ)に出た時、SMAPのメンバーたちは1時間もしないうちに完璧に踊っていたのを覚えています(笑)」(島)「結局、オリコン1位は獲れなかったんですが、2010年のライブツアーがミュージック・ペンクラブ音楽賞のコンサート・パフォーマンス賞を受賞したんです。あの企画は僕たちがこれまで生きてきた中でも5本の指に入る印象的な出来事でしたね」(鳥塚)。
その後、70代に差しかかってもももいろクローバーZとコラボレーションするなど、精力的な活動を展開していた加瀬だったが、2014年に咽頭がんを発症。結果、手術で声帯を失ってしまったことは根っからの音楽人である加瀬の心に大きな穴をあけたに違いない。翌年4月20日、加瀬は自宅の洗面所で呼吸用のチューブをふさいだ状態で亡くなっているところを発見された。享年74歳だった。「実は亡くなる5日前にご自宅に会いに行ってたんです。その時はお元気で『俺も腰の手術したから、もし加瀬さんが歩けなくなっても背負っていけるよ』なんて言って笑い合ってたんですが、まさかあんなことになるなんて・・・。正直、今でも立ち直れていない部分があります」(島)
加瀬の死後、経営していたライブハウス「ケネディハウス」を受け継ぎ、ワイルドワンズに加入した次男の加瀬友貴(ともたか)は父についてこう振り返る。
「仕事でもプライベートでも、常に自分がワクワクできるなにかを探していました。子供の僕にたびたび『最近はどんな音楽やファッションが流行ってるの?』と尋ねてきて、その情報をちゃんと自分のものにしている柔軟な人でした。音楽やプロデュース業について『2歩先だと早すぎる。1歩先だとすぐ追いつかれるから1歩半くらい先に進んでるのがちょうどいいんだよ』と言っていたのが印象に残っています。亡くなってしまったことは残念ですが、今は残ったオリジナルメンバーと共に前向きに活動を続けてゆき、父の思いと音楽を後世に受け継いでいきたいと思います」
現在、YouTubeやTikTokなどのSNSでは10代、20代の若者を中心に昭和ポップスのリバイバルが起こっており、そこでは加瀬が奏で、プロデュースした楽曲たちも大きな人気を集める。身体は滅びても、時代を超えて音楽が残る……ミュージシャンとしてこれほどの幸福が他にあるだろうか。常に絶妙なバランス感覚で時代を先んじてきた加瀬の精神、人としてのありようは、今後の音楽人やクリエーターにとっても大きなヒントとなるに違いない。
(一部敬称略)
中将タカノリ(ちゅうじょう・たかのり)/シンガーソングライター・音楽評論家。2005年、加賀テツヤ(ザ・リンド&リンダース)の薦めで芸能活動をスタート。昭和歌謡、アメリカンポップスをフィーチャーした音楽性が注目され、楽曲提供も多数手がける。代表曲に「雨にうたれて」など。2012年からは音楽評論家としても活動。数々のメディアに寄稿、出演し、近年の昭和歌謡ブーム、平成J-POPブームに寄与している。今年5月10日にキングレコードから橋本菜津美とのデュエットシングル「夜間飛行~星に抱かれて~」リリース。