■欲望と執着がなくなってきた

横:帯津先生はピカソみたいな方で、女性がずっと好きでしょうけど、僕の場合、この年齢になると欲望と執着がだんだんなくなってきて、1日の時間も1カ月の時間もすごく長くなってくるんです。

帯:私はお酒が大好きで、お酒をおいしく飲むには、昼間働いてるほうがいいんですね。だから、今でも医者の仕事をちゃんとやっている。つらいことがあっても、夕方になってもうじき飲めると思うと元気が出るんですよ。

横:僕にはその経験がないです。元は生活と創作が別だったんですが、生活の中には旅行するとか、映画、演劇を見に行くとかがあったんです。それがだんだん、生活と創作がひとつになって、創作が生活になってしまいました。

帯:やっぱり芸術家ですね、横尾さんは。

横:だから今までのような生活がなくなっちゃったんです。絵が生活で、おもしろくないっていえばおもしろくない。

帯:いいですね、そういう生き方。でも、絵を描く時は、執着とか、欲望はないんですか。

横:それどころか、描くことに飽きちゃいました。今まで、音楽を聞いてごまかしていました。頭の中にある言葉と概念を排除して、考えなくしちゃうんです。

帯:あー、なるほど。

横:人工的に頭をアホにするんですよ。頭から考えを排除すると体が自由に動くんです。そうすると思いのたけをキャンバスに写せる。気がついたら絵ができているんです。

帯:アスリートのゾーンみたいな感じですかね。

横:ハイ、そのとおりです。アスリートにすごく近いです。僕は自分でアスリートだと思っています。よくランニングハイってあるでしょ。ああいう状態の自分になってキャンバスの前に立つと、どんどん描けちゃうんです。ところが、音楽で自分を騙そうとしてきたんだけど、耳が悪くなって、音楽はただの雑音です。

帯:いま会話で使っている拡声マイクでは聞かないんですか。

横:音は聞こえても、音楽になってないんで、意味がないんです。だから、音楽は僕の生活から完全に失われました。

帯:音楽なしで、余分な考えを消す方法はあるんですか。

横:長い間、座禅をやってきました。座禅をすると雑念が去来するんですよね。その雑念に引っかかって、引きずり回されるとダメですから、頭を空っぽにしなさいって徹底的に教えられた。座禅をやってきた効果が今頃になって少しずつ出てきています。

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