予定された工程をすべて遂行できなかったという意味においては、今回の打ち上げは失敗といえる。しかし、このテストに先立ってマスク氏は、「発射台が破壊されなければ勝利とみなす」と発言していた。今回得られた膨大なデータを洗い直し、数カ月後には再度テストに臨むともツイートしている。
スペースX社の場合、テスト機が爆発炎上しても、それは開発に必要な一工程とみなす。連続的にテストフライトを実行し、失敗のなかで調整や改良を重ねる。テスト機は常に複数用意され、途中で設計が変更されれば惜しげもなく解体。新たな試作機を製造して、最短で総合的な成功を目指す。同社の現在のポジションは、こうした性急ともいえる開発手法によって確立されたものだ。
■JAXAへの期待
これに対してJAXA(宇宙航空研究開発機構)は、成功必至の体制で「H3試験機1号機」の初フライトに臨んだ。はじめて打ち上げる機体に開発費280億円の地球観測衛星「だいち3号」を搭載したことからも成功への確信がうかがえた。
確かに3月7日の打ち上げは、途中まですべてが順調だった。前回のテストでトラブルが発生した固体燃料ブースター「SRB-3」は予定どおりに点火し、分離にも成功。新型エンジン「LE-9」の296秒間にわたる燃焼も完遂され、フェアリングや第1段の分離にも成功した。しかし、打ち上げから5分16秒後に予定されていた第2段エンジンの点火に失敗。機速が下がりつつあった機体を安全な領域に墜落させるべく、地上管制は指令破壊の信号を送った。
第2段のエンジン「LE-5B」は、H-IIロケットに搭載されている同型基の改良版であり、信頼性は高い。現在その原因究明が急がれているが、その経過報告としては「搭載機器の一部で過電流が発生した可能性がある」と公表されている。であれば問題は第2段エンジンではなく電装系となる。ローコストを目指したH3には、電子機器に自動車用部品などの汎用パーツが投入されているが、それが影響した可能性も考えられる。
スターシップもH3も、どちらも海に没したことに変わりない。しかし、JAXAに期待する人々が危惧するのは今後の対応といえる。NASAから28億9千万ドル(当時のレートで約3120億円)の支援金を受けながら専制的に運営されるスペースX社に対し、JAXAは税金の使途管理の徹底を厳命される役所の性格も持つ。省庁を含むあらゆるポジションの人々の意思と責任が介在するなかでは慎重でこそあれ、スピーディーな解決は難しい。
JAXAはこの数年以内に「だいち4号」のほか、ISSや月へ物資を送る補給機「HTV-X」、火星衛星探査計画「MMX」、準天頂衛星システム「みちびき」の追加衛星、偵察衛星など、世界的な宇宙開発の推進と、国益を担う機体の打ち上げを数多く控えている。H3の諸問題が早急に解決され、将来の計画に与える影響が最低限に抑えられることを願うばかりだ。(編集、ライター・鈴木喜生)
※AERA 2023年5月15日号より抜粋