『マイルス・デイビス自叙伝<1>』マイルス・デイビス著/クインシー・トループ著/中山康樹訳
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『マイルス・デイビス自叙伝<1>』マイルス・デイビス著/クインシー・トループ著/中山康樹訳
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『マイルス・デイビス自叙伝<2>』マイルス・デイビス著/クインシー・トループ著/中山康樹訳
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『マイルス・デイビス自叙伝<2>』マイルス・デイビス著/クインシー・トループ著/中山康樹訳
『マイルス・デイヴィス完全入門―ジャズのすべてがここにある』中山康樹著
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『マイルス・デイヴィス完全入門―ジャズのすべてがここにある』中山康樹著
『ジャズ構造改革~熱血トリオ座談会』後藤雅洋著/中山康樹著/村井康司著
『ジャズ構造改革~熱血トリオ座談会』後藤雅洋著/中山康樹著/村井康司著

 ナカヤマさんとの出会いは2003年、雑誌『男の隠れ家』で“ジャズの聴ける理容室”JimmyJazzを紹介したいと、わざわざ大阪まで取材に来ていただいたのが最初だった。わたしの書いているブログを見てジャズと床屋のミスマッチを面白いと思われたらしい。

 “ジャズ 床屋”としてすでに15年営業を続けていたものの、やはり少しイロモノ的な存在であったのだが、あのナカヤマヤスキが来たということで、なんとかジャズ業界に認めていただけたような気がする。

 枕頭の書として愛読している『マイルス・デイビス自叙伝』は別として、ナカヤマさんの著書のなかで、わたしがもっとも好きな一冊が『マイルス・デイヴィス完全入門―ジャズのすべてがここにある』だ。このマイルス愛、マイルスを聴く喜びに満ちた文章を読んでナカヤマさんの大ファンになってしまった。

 それまでアコースティックジャズ時代のマイルスしか聴かなかったわたしが『ビッチェズ・ブリュー』以降のマイルスに開眼したのも本書の影響が大きい。当店にいらした際も「エレクトリック(マイルス)聴かないの?もったいないなあ」、氷だけで禁煙する前のナカヤマさんと二人で紫煙くゆらせながらそんな話をしたっけ。

 それから3年ほど過ぎた頃、一冊の本がジャズブロガーのなかで話題になった。『ジャズ構造改革 ~熱血トリオ座談会』である。後藤雅洋、中山康樹、村井康司お三方の座談会形式で編まれたこの本のなかで、こともあろうにプロの音楽評論家であるナカヤマさんが、素人ジャズブロガーの書く内容を「評論家ごっこ」「書くのが苦しそう」とケチョンケチョンに貶しているらしい。この「らしい」というのは、わたしが意図的に読むのを避けていたからで、騒動が終わってちゃんと読んだのはこの約5年後くらいである。

 私事で恐縮だが、じつはちょうどこの『ジャズ構造改革』が出た頃にわたしは体調を崩しており、体調不良のままでは仕事も振るわず、経済状態も悪くなる一方で、まさに人生のどん底を這いつくばっていた。なんとか突破口を開こうとブログの更新は続けていたけれど、気の利いた長文が書けるはずもなく、アルバム紹介に短いコメントをつける形で細々と続けていたのだった。

 だから、「評論家ごっこ」「書くのが苦しそう」とか書いてあると聞くと、ああ、ひょっとして見られてるのかなあ、いやだなあと思って避けてたのである。だって、ほんとうに書くのが苦しかったんだもの。

 何度も奇跡の復活を果たしたマイルス・デイヴィスの生き方を励みとし、体力づくりのためにジョギングを始め、氷は使わなかったがタバコもやめて徐々に回復してきた2008年、忘れたころにナカヤマさんから一通のメールが届く。

「ごぶさたしています。中山康樹です。」

 この『Music Street』の前身である『Jazz Street』を指して、

「ここで月に1度か2度、連載をお願いしたいのです。テーマはいわゆる高音質CDでして、いろんな種類があるが実際はどうなのかということを従来盤の比較とかさまざまな切り口から読者に紹介していただく、という企画です。(中略)ご検討いただければうれしいです。 よろしくお願いします。 とりいそぎ用件のみにて失礼します。 中山」

 こうしてわたしの『Jazz Street』への執筆が決まったのだった。

 ジャズバンドのリーダーが一人のメンバーをクビにする際には、プライドを傷つけないよう一旦バンドを解散して、もういちど雇い直す慣例があるという。『Jazz Street』のサイトが『Music Street』に改編され、連載を4年続けたわたしもこれにてお役ご免となった。決して根に持ったわけではないのだが、それからしばらくナカヤマさんの著書から離れていた。もともと文章に適度な毒気があるのがナカヤマさんの魅力ではあるものの、なんというか、ちょっと苦しそうで読めない時期があったのだ。しかしまさかご病気だったとは。

 急逝を惜しむ声は多いけれど、生前からも、ナカヤマさんを知る人は決まって「尊敬」のふた文字を口にした。ミュージシャンならまだしも、音楽評論家でこれほど尊敬された人はいないのではないか。それは氏の温厚な人柄より、ともすれば「書いたら書きっぱなし」になりがちな音楽ジャーナリズムを批判し、自ら責任を負う(負おうとする)真摯な姿勢を貫いたためだと思う。

 ナカヤマさん、どうもありがとうございました。あなたとマイルス・デイヴィスの音楽に出会えたことは一生忘れません。同じこと言う人は大勢いるかと思いますが、これで最後の言葉とさせていただきます。

「ナカヤマさん、それじゃあ、またなっ!」

(貴堂行雄/ジャズの聴ける理容室「JimmyJazz」店主)